なぞにみちた宇宙時代の、夢あふれる冒険の物語――
創作子どもSF全集(国土社)

 だけどぼくは海を見た 

(佐野美津男・著/中村宏・絵)
(1970年 初版発行 1982年 再版発行)

 

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   だけどぼくは海を見た (創作子どもSF全集 17)   

 

(あらすじ:ネタばらしあります)

 5月30日の日曜日、いつものように午前7時30分に宏幸は目を覚ました。
 窓を開けると、窓辺まで海が広がり、イルカが泳いでいる。

 


 妹の昌代は海に飛び込み、イルカと仲良くなって一緒に遊び出す。
 父親と宏幸は戸板を外し、ボートの代わりにして周囲の偵察に出かける。

 周囲一面は海であった。
 上空に緑色のヘリコプターが現れ、頭上で旋回を始めるが、戻っていった。
 そして宏幸が家に帰ると、おととしの秋にいなくなっていた飼い犬・ハックがどこからか現れていたのである。
 宏幸たちは一家四人で話し合い、今後について話し合う。
 昌代がイルカからもらったというウイスキー。
 そのラベルから浮かび上がった驚愕の事実とは!?

 

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(感想 :いつかぼくらも海を見るかも知れない
       子どもたちを異次元ゾーンに誘ったトラウマSF!)

 はい皆さんこんばんは。
 今回の物語、すごいですねえ。佐野光津男さんですねえ。
 しかも挿し絵は中村宏さん。
 トラウマ黄金コンビによるトラウマ名作、期待を裏切らない出来映えですねえ。
   
 それはともかくとして、朝、目が覚めたら外が海になっていた、とは、ビックリですねえ。
「朝、目が覚めたら○○になっていた」
という設定は、SFでは時々ある設定であります。
 例えば、目が覚めると、家ごと戦時中の日本にタイムスリップしていた、という話があります。

「終りに見た街」  http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20130607/p1

  私がSF好きになるきっかけとなった作品『怪奇植物トリフィドの侵略』も、朝起きたら世界は一変しています。

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 SFではありませんが、カフカ「変身」では、目が覚めると自分が毒虫に変身しています。

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 本作品では家の周りが海になっていて、近所の人たちはどうなってしまったのでしょう。
 なぜ自分たちだけがこんな状態なのでしょう。
 非常に不思議なシチュエーションなんですが、こんな不条理な状況にあっても、お父さんとお母さんの会話が、
普通なら予想されるような内容ではなくて、かみ合っていません。
   
「あら、こまったわ、あたしは泳ぎがへただから、買物にも行けやしない」
  
「それじゃ、あなたは、きょう、会社を休むんですか。」
   
「ねえ、宏幸、海にもぐってみてよ。きっとアサリかハマグリがあると思うの。」

    
 まるで漫才かコントのようです。
 妹なんかはイルカと遊んでいるし。
 漫才やコントで、朝起きたら周囲が海で……というネタも、面白そうですね。
    
 それで、宏幸と父親は周囲の調査や漁に出航したりします。
「十五少年漂流記」や「スイスのロビンソン(家族ロビンソン)」のような展開ですが、これらの作品は、
乗っていた船が難破して漂流の後に島に漂着した、という過程がはっきりしています。
 本作の不安なところは、何でこうなったのか、今後どうなるのか、まるで分からずにいきなり異常な状態に置かれた、というところなんです。
   
 それで、宏幸と父親が調査に出かけたとき、緑のヘリコプターが現れます。
 このヘリコプターは一体、何なのでしょうか。
 佐野美津男さんを検索したところ、「ピカピカのぎろちょん」でも、緑のヘリコプターが登場する、という記述がありました。
 それと関係あるのでしょうか。

 

      ピカピカのぎろちょん (fukkan.com)


   
「新東洋サルベージ、ゴンドワナ大陸開発計画着工記念」
   
 ニットリーのポケットビンウイスキーらしいです。
 このラベルを見て思い当たったお父さん、古新聞や古雑誌やらを取り出して関連記事を抜き出し、驚愕の事実が明らかになります!


   
 新東洋サルベージは、海底に発見された古代大陸を引き上げる研究をしていた会社だった!


  
「しかし、それと、おれんちのまわりの海と、どういうかんけいがあるんだろう。それがわからない」

   
「そうすると……あのイルカさんたちは、セレベスというところからきたのかな……。
そこじゃ海が陸地になっちゃったんで、こっちの海へひっこしてきたのかな……」

   
「それは、ヒゲガイコツの意見よ。ヒゲガイコツはいつもそのことをいってたわ」

 

        

   
 一家の知識と記憶と想像力を動員して、一つの仮説が導き出されます。

 しかしこの“新東洋サルベージ”なる会社、何者なんでしょうか?
  
犬の学校」では、犬が人間に取って代わろうと、研究所を設立しています。
ぼくのまっかな丸木船」では、子どもを魚人間に改造しようとするマッドサイエンティストが登場します。
 本作品に登場する”新東洋サルベージ”も、何らかの意図を持った秘密結社だったのでしょうか?
 それとも、今回引き起こされた事態は単なる偶然?
 そこら辺、謎が残ります。
   
 また、宏幸一家が結論づけたように、海底大陸引き上げの過程で偶然日本が水没してしまったとしたら、
世界中が大騒ぎになるのではないでしょうか?
 各国が調査団を派遣すると思います。
 宏幸が見た緑色のヘリコプターは、その一部だったのでしょうか?
 また、その後、お父さんが見たという貨物船は?
   
 そして、本作品にも現れた謎のイヌ……!
 宏幸の家に1年ほど住み着いていた野良犬で、2年ほど前にいなくなっていたのです。
 この、やどなしハックの突然の出現に、宏幸は

「せなかにつめたい水をかけられたような気分におそわれた。」 
  
 佐野美津夫さんは『犬の学校』で、犬を不気味な存在として描きました。
 本作品ではどういう意図で登場したのでしょうか。  
 陸地が浮かべば陸地が沈むというシーソーゲームなら、
 やどなしハックに家が見つかれば、家を失う一家もある、というメタファーというのは考え過ぎでしょうか?
 本作品の愛読者の皆様はどう思われるでしょうか?
   
 さて、本作品は、朝、目が覚めたら家の周りが海になっていたところから始まり、
夜、空き瓶の中に助けを求める手紙を入れて海に流すシーンで終わります。
 波乱の一日が描かれていたわけです。

  
「ああ、ねむい。これで朝までひとねむりだ。すごくつかれた。ねむるぞ。ここで宏幸は考えた。
もしも、あしたの朝、目がさめて、窓をあけたら、海がなくなっていたらどうする。海がなくなっていたら……。」
   
「家のまわりが、またもとどおりの陸地になったら、ぼくはきっというだろう。いわずにはいられない。
「だけど、ぼくは海を見た。だけどぼくは海を見たんだ」
と――。」

   
 続きが気になりますねえ。
 果たして、次の日の朝、宏幸が起きれば周囲はどうなっているのでしょうか?
 この、はっきりと説明のつかない状況で、結末がはっきりしない終わり方のため、
当時読んだ少年少女達に強烈な印象を残したのでしょう。
 さて、皆さんは続きをどう思われますか?


 ここであえて踏み込んで考えてみます。
 これはやはり、夢の中の出来事なのではないでしょうか?
 状況が余りにも荒唐無稽過ぎて、家族の行動もどこか不自然過ぎます。
 いくらイルカが賢いといっても、野生のイルカとここまで仲良くするのは、普通はあり得ません。
 そもそも、周囲の家が水没して1軒だけ無事という状況は、できすぎています。物理的におかしすぎます。
 2年前にいなくなった犬が突然現れるというのも、いかにも夢の中らしい描写です。
 これは夢の中の出来事だ、と思ってその証拠を探すつもりで読み直すと、いかにもそれらしい記述があるように思います。
   
 ここでタイトルについて考えてみます。
 このタイトル自体、結局は海がなかった、ということを暗示していませんか?
 次の日もその次の日も、永遠に海があったとしたら、わざわざこう断る必要ないじゃありませんか?
 海はなかった、しかし確かに、
「だけどぼくは海を見た」
ということでは?
    
 というと、やっぱり夢の中の出来事か、良かった良かった。
 しかし、まだ安心するわけにはいきません。
 もっと踏み込んで深読みしてみます。
   
 実は、この作品の主人公の名前は「宏幸」、妹は「昌代」。
 何と、あの『犬の学校』と同じなんですね。
 しかも一家四人という家族構成も同じ。
 姓については記述がないように思うのですが、検索しますと、どちらも「坂本」だ、という記述もあります。

      グレフルbook だけどぼくは海を見た/佐野美津夫/国土社  http://futabk.blog1.fc2.com/blog-entry-402.html


 というと、手塚治虫のスターシステムや星新一の「エヌ氏」や「エフ氏」のように、
佐野美津男さんも、坂本宏幸くんや坂本昌代ちゃんの一家の物語を色々と描いていた、ということなんでしょうか?
 それとも、やはり、『犬の学校』とこの作品には、つながりがあるのでしょうか?


 登場人物は同じでも、『犬の学校』の世界とは別の世界、パラレルワールド、独立した世界の話だ、とするのが一番すっきりしますね。
 しかしここは、あえて、連続した世界の物語だ、という解釈を取ってみましょう。

 例えば、この話は、『犬の学校』より前の時代のお話で、ある日、宏幸が見た夢の内容だった、と。
 とすれば、やはりこの物語は夢の話で、宏幸君が翌朝目が覚めれば、いつもの日常生活が再び始まった、と。
 そしてその後、
志津子おばさんから生まれたばかりの仔犬「ジャピロ」をもらい、あの事件につながっていく……と。
 時間的に先の話だったので、宏幸の夢の中には「
ジャピロ」が登場せず、それ以前に飼っていたハックが出てきたというわけです。

 それもまたありえる解釈です。
 しかし、やはり後から描かれた作品ということで、時間的に後の出来事だ、と考える方が自然のような気がします。
 とすると、残念なことなのですが、もっと悲惨な解釈を採択せざるをえません。

犬の学校』のラストで、宏幸と志津子おばさんは、犬達によって、宇宙空間に飛ばされてしまいます。
 そこで永遠に地球の周りを漂い続けるのです。
 その、宇宙空間で漂っている時に宏幸が見た不条理な夢、ということではないでしょうか。
 永遠の責め苦に苦しみながら、家族4人で楽しく暮らしていた頃の夢を見る。
 しかし不条理な現実は、夢の中まで影響を及ぼし、見る夢も不条理なものとなる。
 このような不条理な事態を引き起こした「
ジャピロ」は思い出したくもない存在なので、夢には登場しません。
 しかし犬に対する恐怖心が、以前飼っていた「ハック」を登場させ、
  
「宏幸はせなかにつめたい水をかけられたような気分におそわれた。」
 その後もハックに対する薄気味悪い感情は続きます。

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 西岸良平『地球さいごの日』に、ある大学生が事故で植物状態となってしまい、不条理な夢を延々と見続ける、という短編が収録されています。
 本作品も、それに似た状況なんではないでしょうか。


 とすれば、いつかはこの悪夢から覚め、やっぱり海はなかったんだな、
「だけどぼくは海を見た」ということになります。
 しかし宏幸が置かれた状況はもっと悲惨なもので、彼はまた、永遠に次から次へと不条理な夢を見続ける運命を受容しないといけないのです。
 或いは、昼も夜もない宇宙空間を漂い続けることで、宏幸の覚醒/睡眠レベルも不規則となり、
いつまでも醒めない長い長い悪夢を見続けることになるかもしれません。
 そういうことになれば、宏幸が夢の中の世界で眠り、夢の中の世界の翌朝に目がさめても、
夢はまだ続いていて、海は存在し、夢の続きを見続けていくわけであります。
 この夢が続いていくと、どうなるのでしょうか?
 飲み水や食糧はいつまで持つのでしょうか?
 嵐が来ればどうなるのでしょうか?

 あと、一家に喧嘩が起こらないのでしょうか?
 本作品の記述の文体で、お父さんやお母さんを指す際、
「父親」「母親」と書かれています。
 子供向け絵本なら「お父さん」「お母さん」と書いてもいいところです。
「父親」「母親」という記述が、冷たく突き放したようで、不条理をより際立たせているようで、家族間の危機を内包しているようで。
 


 ちょっと宏幸君に対して残酷過ぎる解釈だったでしょうか?
 お気に障ったら申し訳ありません。
 これはあくまでマイナス思考というか最悪思考が身についている私の勝手な解釈ということで、お許しください。


 しかし人間、いつ日常生活を失うとも分かりません。
 私自身、高校入学のあの日、ほんの少しの気まぐれと気の迷いから日常生活を失い、
確かに存在した有望な未来からどんどん遠ざかり、自分を責める精神的ダメージからその後も立ち直ることなく沈み続け、
終わりなき悪夢を生き続け、生き恥をさらし続けているのです。
 永遠に宇宙空間を漂い、覚めない悪夢を見続ける責め苦を受けているのは、実は私だったわけです。
 

2013.07.03(水)

   編集後記・参照リンク集 ←ご意見ご感想お寄せ下さい。

      犬の学校  ぼくのまっかな丸木舟  ピカピカのぎろちょん  ←これらのページもご覧下さい。

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    [wikipedia:佐野美津男]

     [wikipedia:中村宏]   

 

   [wikipedia:ジュブナイル]

        砂河猟 佐野美津男試論  http://www5.hp-ez.com/hp/cojicoji/page8/8

 

 

 
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