三省堂らいぶらりい
SF傑作短編集5
原猫のブルース
(佐野美津男・著/山口みねやす・絵)
(1967年)
★(あらすじ:ネタばらしあります)★
第三次世界大戦の核戦争で地球は全滅し、人々が団地衛星V7に移民して、既に20年が過ぎていた。
地球近くの巨大な人工都市は人類の第二の故郷となり、人々はそこで子を産み、育て、そして死んでいった。
団地衛星V7の人口密度は高く、人々が生きていくためには無駄というものをなくす必要があった。
団地管理警察の命令に絶対に従うこと。
人々は決められた仕事を懸命にやるしかなく、生き物を飼う自由も許されていなかった。
管理支配体制が確立し、疑わしい人を密告する自警団が跋扈する相互監視社会。
警告が規定回数に達すれば、大人はGへ、子どもはKに連行されることになっていた。
GやKに送られて行って、帰ってきた者はいない。だからGやKについては、誰も知ることができないのだ。
ある日アキは、少年・ケンと仲良くなる。
ケンの父親は、ハツカネズミを飼っていた罪でG送りになっていた。
団地衛星V7建設20周年で騒がしい中、アキの父親(動物学者)が地球調査から帰って来る。
父親は、地球から生きた猫を持ち帰っていた。
当然、当局に見つかればG送りのはずである。
父親、アキ、ケンの間で同盟が結ばれ、ネコを飼うことになる。
3か月はどうにか無事に過ぎた。
しかしその日々は、突然に終わりを迎え……。
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★(感想 :わずか30ページの恐怖の未来予見!それは現実化しつつある……。)★
短い話ばかりを収録した、
三省堂らいぶらりい SF傑作短編集シリーズ の
第5巻『原猫のブルース』
の冒頭に収録されている短編です。
古書あやかしや ジュニア版SF&ミステリー全集刊行リスト 三省堂「SF傑作短編集」 http://homepage1.nifty.com/maiden/jsm/sansei.htm
わずか30ページしかないのですが、奥行きと広がりを感じさせる“超大作”。
“30ページの小宇宙”ですね。
このSF、第三次世界大戦の核戦争で地球が滅んだ後の人工衛星都市を舞台にしています。
人類は愚かな戦争を反省し、平和的な世界を築いているのかと思いきや、
悪い習慣は改められないようで、ここでも独裁的な管理社会が築かれています。
例えば、動く歩道(オートライン)というものが普及しています。
さすが未来都市です。
しかし、未成年が学校の行き帰りに利用することは禁じられ、それを犯すとK送りになるようです。
学校生活というのも管理体制で、一学期に3日欠席すればK送り。
休み時間に生徒同士で会話することも禁止。
監視員に見つかれば手帳の表紙に紫色の縦線が印刷され、線が5本になればK送りとなる。
そのため、学校には恐ろしいほどの沈黙がある。
本書は1977年に出版されています。執筆はその少し前でしょうか。
今から40年ほど前に描かれた作品ということです。
本作品で描かれている未来像は、当時としては、かなり悲観的な方ではないでしょうか。
しかし、残念なことに、2013年の現実は、この作品で描かれた状況に近づきつつあるのです。
2013年。安倍政権は異常な騒乱状態の中、強引に特定秘密保護法案を成立させました。
さらに、その勢いに乗って共謀罪まで可決しようとしています。
いつの時代にも、相互監視・密告が好きな人間は一定数いるものです。
相互監視・密告を奨励するような政治は、相互監視・密告社会を生むのです。
本作品でも、動く歩道を利用した小学生が密告されて警察に引っ張られて行く事件に触れられています。
「密告者はしょうこ写真まで警察にとどけたそうだ。いやなやつ。地下道の出口にも自警団がうろういていた。」
「目つきが気にいらないというだけでも、自警団は警察に密告する。気をつけなきゃ。」
今でもこんな連中、ネットにウヨウヨ湧いていますね。
やがてリアルな生活にもウヨウヨ跋扈していくのでしょうか。
嫌ですねえ。
学校の休み時間に生徒同士で会話することが許されない、という描写は、共謀罪を思い起こさせます。
「G」とか「K」は、いわば強制収容所ですね。
一体何の頭文字なんでしょうか?
これも今後の日本で現実化されそうで怖い。
独裁的な法律が作られ、独裁制が成立する過程はいつの世も共通しているのです。
本作品では、支配者階層の描写もリアルです。
「たとえば団地衛生のはずれの緑地帯(グリーンランド)。地球から移住のときにもってきた植物が保存され、その木や草にかこまれて、団地管理警察の、幹部たちの高級住宅があるところ。」
住む場所が違うのですね。
というと、階級制・身分制社会なのでしょうか。
職業選択の自由はあるのでしょうか。
ケンの父親は、地球から間違って持ち込んだハツカネズミを秘密に飼っていてG送りになりました。
ところが警察署長は、一般庶民に生き物を飼うことを禁止しておきながら、没収したハツカネズミを自分で飼っていたのです。
「署長は酒をのみながらはつかねずみがからからと車を回すのを見るのが楽しみだったそうです。」
何だか皮肉な一文です。
ネズミはどんな気分で車を回しているのでしょうか?
何も考えずに楽しんで?
理不尽な囚われ生活を怒りながら?
或いは、絶望してヤケクソで?
警察署長が酒を飲みながらネズミの運動を眺める構図は、
支配者階層が被支配者階層(奴隷階層)の苦闘や内ゲバ等を眺めている構図を思い起こさせます。
さて、本書では、核戦争後の地球の放射能汚染についても触れられています。
原発事故に直面している現代の状況を予見したかのような内容です。
人々は、地球は虫一匹も草一本もない死の惑星となってしまった、と思い込まされています。
「いや、そのように信じこまされているんだ。もしも地球にふたたび人間が住めるとわかれば、こんな自由のない衛星からは、ぞくぞくとにげ出す人が出るだろう。しかし、ほんとうは、そうじゃないかもしれない。わたしはそういう感じをもった。」
とアキの父親は言います。
何せ地球には猫が生きていたのだから、人間だって生きられる可能性はあるはずだ……。
本書発行40年後に現実に起こった原発事故では、政府は、住人が逃げ出さないように、
避難した住人は戻るように、という方針です。
帰らさない、逃げさせない、方向は違っても、政府の都合で住人を支配しようとするのは同じです。
独裁的な支配者のすることはいつの時代でも同じものです。
(しかし、核爆発は一度爆発したら終わりですが、
原発事故のメルトダウンは、半永久的にじわじわと放射性物質を出し続けるのです。)
物語では最後、逮捕の危機を間一髪脱したアキとその父親、ケンとその母親の4人が地球向けて脱出するシーンで終わります。
一見、ハッピーエンドのように見えますが、その後のことを想像すれば、そうとばかりも言ってられません。
第一に、4人は無事に地球に着くことができるのでしょうか。
もし地球に着いたとしても、その後、核戦争20年後の地球で生存していけるのでしょうか?
とはいえ、【苛政は虎よりも猛し】。
地球に着きさえすれば、それなりに楽しくやっていけるのではないでしょうか。
「おれたちは、原人になりにいくんだよ、おじさん。おれたちが地球におりたったその日から、また地球人類の歴史がはじまるわけさ。」
アキが宇宙艇の整備班長に言います。
今後の希望を暗示させるようなセリフですね。
手塚治虫の『ロスト・ワールド』で、惑星ママンゴに生き残った若い二人(敷島健一とあやめ)がアダムとイブになろう、と決意した結末を思い出します。
(手塚治虫は二人を結婚させたかったのですが、時代の制約から、兄妹になろう、という設定にしたと言われています)
しかし……!よく考えてみると、重大な欠陥があった!
彼ら4人では、子孫を増やして代を継承していくことは不可能なのではないでしょうか?
ケンはまだ子どもだから、ケンのお母さんなら、まだ子どもを産むことができそうですが、限界がありそうです。
残念なことに、アキもケンも男なのです。
(というと腐女子が喜びそうな設定ですが)
地球人類の歴史を始めるためには、ケンを男の子ではなく、女の子という設定にした方が良かったのではないでしょうか?
しかししかし、深読みすれば、アキは男の子っぽく見えるが、実はボーイッシュな女の子だった!という説も。
アキは自分のことを「ぼく」とか「おれ」と言っていますが、マンガや小説では自分を「ぼく」「おれ」と呼ぶ女の子もたまにいます。
また、ケンの面倒を見たり、時にお姉さんぽい感性が感じられるのです。
ケンはアキのことを「お兄ちゃん」と呼び、「男どうしのやくそくだぜ」などと言ったりしていますが、
ボーイッシュなアキを男と間違えているのかもしれません。
今の用語で言うと、アキは性同一障害だった!?
……という仮説が成り立てば、一応、一世代後までは世代の継承は可能です。
しかし、その次の世代は……?
地球人類の歴史の再開は、その後、どうなっていくのでしょうか?
本書は、「前書き」も「後書き」も「解説」もなく、目次と本文だけという、淡々とシンプルな構成となっています。
著者や画家の紹介すらありません。
ちょっと味気ないですね。
せめて収録作品の初出データだけでも記載してほしかった。
この「原猫のブルース」、復刊ドットコムで復刊リクエストされています。
寄せられたコメントを見ると、学研の科学と学習の夏の臨時増刊号・読み物特集に掲載された作品のようです。
他の作品も、学習雑誌に掲載されていたという記述もあり、本書は、学習雑誌に掲載された作品が主に収録されたものと思われます。
本書に収録された他の作品も見てみます。
シュールやナンセンスな傾向の小咄のような作品も幾つか収録されています。
でもやはり佐野美津男さんの本領発揮は、日常生活から突然不思議で不可解な世界に迷い込む……、
といった日常と地続きの不思議世界を描いた作品でしょう。
「黒い鳥を追いかけて」
では、家の煙突に、不幸をもたらすという不吉な黒い鳥が巣を作ります。
父親が巣を壊すのを手伝っているうちに、キミは、不思議な世界に紛れ込みます。
「海底マンション808」
「巌窟ホテル探検記」
もその傾向の、日常と地続きの不思議世界を描いた作品です。
「巌窟ホテル探検記」
では、珍スポットを探検に行った小学生が異次元世界に紛れ込みます。
世間は広い。世の中には、珍スポット探訪が趣味の方も多いようで、ブログやHPも色々とあります。
私も時々拝見させて頂きます。
珍スポットや廃墟探険をしているうちにこんな体験をすることになれば大変ですね。
藤子・F・不二雄さんは、「すこしふしぎ」という用語を定義されたようですが、本書で描かれているのは、「すごくふしぎ」な物語であります。
それは「犬の学校」「だけどぼくは海を見た」といった作品と共通するものがあります。
[はてなキーワード:すこしふしぎ ] [wikipedia:藤子・F・不二雄のSF短編]
「犬の学校」「だけどぼくは海を見た」では、主人公は不思議な世界に行ったきり、ついに日常の世界に戻ることなく、
読者は不思議な世界に置いてけぼりにされたような感を抱きます。
それが作品を長年忘れられないものにしている要因の一つなのでしょうが。
ところが本書の作品の大部分では、不思議な世界に紛れ込んだ主人公は、
元の世界に帰って来られるパターンが多いのです(中には行ったきりの作品もあります)。
これは、学習雑誌の掲載作品、ということと関係あるのではないでしょうか?
やはり学習雑誌としては、戻って来ました、めでたしめでたし、で終わる方が収まりがいいのではないでしょうか?
読む方でも、そちらの方がスッキリとします。
しかし、向こうの世界に行ったきり、その後どうなってしまうのだろう、何で主人公はこんな目に合うのだろうか、
という結末の方が、色々と考えさせられ、記憶にも残るのではないでしょうか?
それに、よく考えてみると、私達が生きている現実の世界も、理不尽で説明がつかないことの方が多いですね。
悪夢のような、理不尽で説明のつかないお話こそ、現実の世界に近いのではないでしょうか。
なお、佐野美津男さんの挿絵といえば、中村宏さんが有名ですが、本書は山口みねやすという方が描いています。
本書の挿絵も、中村宏さんを思わせる、結構とんがった画風であります。
検索すると、山口さんが最近出された絵本が色々と出てきますが、本書の画風と比べると、かなり丸くマイルドな画風です。
本書出版当時の、とんがった時代を反映していたのでしょうか?
絵本ナビ 山口 みねやす(やまぐちみねやす) http://www.ehonnavi.net/author.asp?n=3136
2013.12.18(水)
復刊ドットコム 復刊リクエスト 原猫のブルース
ショートショートの… 『原猫のブルース』 http://short-short.blog.so-net.ne.jp/2010-05-25
(表紙画像を使わせて頂きました。)
読書メーター
http://book.akahoshitakuya.com/b/B000J8TW1G
神保町の古書店 @ワンダーのブログ
『三省堂SF傑作短編集』15冊が入荷! http://atwonder.blog111.fc2.com/blog-entry-518.html
ハイカラ・トランク 佐野美津男試論『想像することは止められない』 砂河猟
http://www5.hp-ez.com/hp/cojicoji/page8/1
★ 編集後記 ←ご意見ご感想お寄せ下さい。
ぼくのまっかな丸木舟 日本子ども遊撃隊 ←これらのページもご覧下さい。
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砂河猟 佐野美津男試論 http://www5.hp-ez.com/hp/cojicoji/page8/8
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