なぞにみちた宇宙時代の、夢あふれる冒険の物語――
創作子どもSF全集(国土社)
犬の学校
(佐野 美津男・著/中村 宏・絵)
(1969年 発行)
★(あらすじ:ネタばらしあります)★
日曜日の朝、宏幸の家に、志津子おばさんから電話がかかってきます。
飼い犬のピロが子どもを三匹生んだそうです。
宏幸は大喜びでおばさんの家に見に行きます。
日曜の早朝なので電車の中はガラガラで、宏幸のほかに新聞を読んでいる男が一人いるだけでした。
新聞で顔の見えないその男は、一つ目で、顔を隠しているのかもしれないと宏幸は考えます。
「おじさん、いま、なん時ですか」
もし一つ目だったら車掌に報告するつもりで宏幸はその男に質問します。
「わからん。おれは時計をもっていない」
男は新聞を動かさず、声だけで答えます。その声は、普通の人の声ですが、変に耳の奥の方に残ったのです。
さて、ようやく東村山の志津子おばさんの家に着いて3匹の犬の子を見せてもらい、白と黒のまぜこぜの雄犬をもらう約束をします。
三週間後、宏幸と妹の昌代は、おばさんの家から犬をもらってきて、ジャピロと名づけ、かわいがります。
「坂本宏幸さん、ですね」
ある日、宏幸が学校の近くの空地でジャピロにボールを取る訓練をしていると、ある男に話しかけられます。
あやしい感じも、こわい感じもなく、黒っぽい服を着て、黒い皮のブーツをはき、左手で黒い大きなかばんを持っていた。
年齢は30歳ぐらいだろうか。
日曜の朝、おばさんの家に生まれた犬の子を見に行った時、電車の中で新聞を読んでいた、一度も顔を見せなかった男の声とそっくりな声でした。
男は、<愛犬学校初等部主任・奈良山苦楽>と書かれた名刺を宏幸に渡します。
“愛犬学校”とは、科学的に犬を訓練させて立派に育てるという全寮制の犬の学校のこと。
授業料は飼い主のおこづかいの半分でいいという。
奈良山は宏幸のおこづかいが毎週90円だということも知っており、父親や母親にもすでに会って了承を取っているという。
宏幸は入学を申し込み、奈良山は自動車を呼んでジャピロを連れ去ってしまいます。
4日後の日曜日、宏幸は、埼玉県飯能市にある愛犬学校にジャピロの面会に行くことにします。
途中、同じ学年の後藤くんに会い、一緒に行くことになります。
後藤くんもペットのクレイを愛犬学校に入学させて一か月になります。
その間、毎週日曜日に面会に行きますが、会わせてくれない、と言います。
バス停で降りて、古びた神社を通り、カラスの鳴く山を越えて、ようやく犬小屋を大きくしたような犬の学校が見えてきました。
宏幸はカメラを構え、犬の学校を一枚写します。
門のところに来ると、いつもいて追い返すという用務員がいないので、二人は塀を乗り越えて学校に侵入します。
校舎の中は透明のガラスに仕切られた部屋が続き、水族館みたいです。
そして二人は見たのです。
犬と人間とまぜこぜになったものが、部屋のあちこちにねころがっているのを。
あるものは、からだの上半分が犬で下半分が人間だった。あるものは、そのはんたいだった。かと思うと、あたまだけが人間で、あとはぜんぶ、犬のやつもいた。
よく見ると、犬がゆっくり人間に変わっていくのです。
部屋の中にチカチカと光るイナズマみたいなものが犬のからだにふりかかると、その部分が人間に変わります。
二人は、恐ろしさに、体の奥からふるえました。
「ただいま、ごらんいただいているのは、システム1、メタモルフォゼマシオンであります」
頭のすぐ上から声が聞こえてきました。
「メタモルフォゼマシオンは、犬のからだを人間のからだにかえる機械でありますが、はだかの人間ではなく、服をきた人間にかわるところに、この機械のすぐれたとくちょうがあります。しかし、まだ、くつをはかせるまでにはいたっておりません」
「それでは、つぎに、システム3、ロゴスコミニケマシオンをごらんいただきましょう。そのまま、ろうかをおすすみください」
こうなったら、いわれるままにするよりしかたがない。ふたりは声にしたがい、ろうかをすすんだ。
「ロゴスコミニケマシオンは、犬のことばを人間に、人間のことばを犬に、それぞれわかるようにつくりかえる機械であります」
その教室では、犬たちは、人間の教師から犬の歴史を学んでいます。
「いまからおよそ4千万年のむかし、地球上に、ミアシスという食肉性の哺乳類がいた。そのミアシスこそ、われわれ犬のご先祖さまなのだ」
「むかしのわれわれは、人間のいいなりになどはならなかった。じぶんたちだけの力で生きていたのだ」
システム5、ライフトレニングマシオンは、人間らしく生活するための訓練をするところ。
そこでは子どもが20人ほどいて、テレビを見ながら、マンガの本を読んでいて、お菓子を食べたり、ジュースを飲んだりしていました。
二人は怖くなり、廊下を走って戻ろうとしますが、よろい戸が下りてきて廊下をふさいでしまいます。
「まだ、ご見学はおわっておりません。さらにろうかをすすんで、システム7をごらんください」
宏幸も後藤くんも泣き出します。
>もう泣かずにはいられなかった。おそろしい。こわい。うちへかえりたい。かなしい。/
「システム7へどうぞ」
ふたりは、重い足どりでろうかをすすんだ。なみだをポロポロこぼしながら。
「システム7は、エンディングマシオン。ここでは、人間を宇宙空間へおくりだす研究をつづけております」
その部屋では、電子計算機のような大きな機械の前で、一人の男が机に向かって計算しているのです。
「まもなく、計算はできあがるはずであります。計算さえできあがれば、人間のからだのなかに、小さなニワトリの卵ぐらいのフライングマシオンひとつをはめこむことによって、われわれは人間を宇宙空間へおくりだすことができるようになるのであります。
すでに、フライングマシオンは、システム6として完成しております」
二人は泣きながら部屋のガラス窓をガンガンたたきます。
すると、白い煙のようなものがただよいはじめ、二人は気を失ってしまいます。
気が付くと、宏幸はバスに乗っていたのです。後藤くんの姿は見当たりません。
とにかく宏幸は家に帰り、両親や妹に経験したことを話します。
母親や妹は信じませんが、父親だけはまじめくさって本気にします。
「うーんそうか。犬の祖先が、どこかで、やつらだけの文化をつくりあげて、いま、われわれが犬とよんでいる動物とは、まったく別のものになった、というわけかな。それが犬をつかって、人間にふくしゅうをさせるのか。そういうことかね、宏幸」
宏幸は犬の学校を写真にとったことを思い出し、父親と一緒に写真屋に行き、特別に早く現像してもらいます。
写真は確かに写っていました。
宏幸が撮った犬の学校の全景、門の所から見た犬の学校、そしてジャピロを抱いて笑っている宏幸、奈良山先生と後藤くんと宏幸が並んで写っている写真……。
「犬どころか、子どもまでがうらぎりやがる」
お父さんはカンカンに怒り、ひどい言葉を残して先に歩いて行ってしまいます。
宏幸は写真を破り、地面に叩き付け、靴で踏みにじります。
>まけるもんか。まけやしないぞ。/
家に帰るとすぐに宏幸は後藤くんに電話します。
後藤くんは無事帰っており、クレイも返してもらったと言うのです。
次の日の朝、宏幸は後藤くんにクレイを見せてもらいます。
投げたボールをキャッチする芸をマスターし、後藤くんの命令をよく聞きます。
後藤くんは犬の学校で見たことは夢だったので気にしていないと言います。
宏幸は我慢できなくなって後藤くんを殴ろうとしますが、クレイがうなり声を上げたので家に帰ります。
それにしても、後藤くんのうらぎりはひどすぎる。
人間全体の問題なのに、だまって、知らん顔をしているなんて……。
このとき、ふと、宏幸は考えた。
もしかすると、後藤くんも、もとは犬だったのかもしれない。いや、犬が後藤くんにばけているのかもしれない。そして、ほんものの後藤くんは……。
宏幸の話を聞きに、志津子おばさんが車を運転してきました。
おばさんは、50歳くらいの、ヤギのようなあごひげを生やした岩崎先生を連れています。
岩崎先生は、動物愛護連盟の人です。
「あなたのおばさまのおはなしですと、犬ちゃんをもっていったまま、かえしてくれないとか。それは問題ですなア。なんとか、犬ちゃんのために、問題を解決しなければなりません。そういうことを、わが動物愛護連盟としては、だまってみすごすことはできないのでして」
岩崎先生は、ヤギのようなあごひげをひねりながら、宏幸のはなしをまじめな顔で聞いてくれます。
「そうですか、犬が人間にふくしゅうするといっておりましたか。そうですか」
「いや、考えてみると、それも当然のことかもしれませんな。いままで、人間は犬をいじめすぎましたもの」
岩崎先生は、宏幸にむかって、にっこりわらいかけた。
>もしかしたら、この人も、もとは犬だったのではな・い・だ・ろ・う・か。/
ともかく、三人は、志津子おばさんの運転する車で犬の学校にやって来ます。
「おばさん、かえろうよ。犬の学校なんかへいったら、ぼくたちこのまま、かえってこられないかもしれない」
「おや、こわいのね、宏幸くん。おばさんはへいきよ。かわいいピロの子どものためですもの、おばさんはいくわ」
と門まで来ます。門の脇には真新しい看板がかかっています。
<21世紀宇宙開発訓練所>
岩崎先生はどんどん入っていきます。志津子おばさんも続きます。宏幸も仕方なしに入ります。
芝生の校庭では白い体操服の人たちが体操をやっていました。みんな、はだしです。
岩崎先生、建物の中に入ってすぐ、<所長室>という札のかかった部屋にノックして入る。
志津子おばさんと宏幸が入った後、宏幸の後ろでドアが閉まる。部屋の中、急に暗くなる。
くらやみのなかで、岩崎先生の声がひびいた。
「報告いたします。システム7、エンディングマシオン実験のための、人間ふたり、つれてまいりました」
やっぱり、だまされたのだ。
*
宏幸はいま、おばさんと手をつなぎながら、宇宙空間をさまよっている。そしてときどき、小さな星としてみえる地球にむかって、
「おとうさーん、おかあさーん、昌代、早くおいでよオ」
と、よびかけるのである。
「むだよ、宏幸くん、やめなさい」
志津子おばさんはそういうけれど、宏幸は、やはり、よびかけずにはいられない。
おとうさーん!
おかあさーん!
宇宙は広く、宏幸の声は小さい。
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★(感想1:とにかく、不思議な力を持つ物語)★ (by いぬ)
あらすじをじっくり何度も読みました。
読むたびに気持ちが、はじめてこの本に出会った小学5年のころに引き戻され、かび臭い図書室で西日にあたりながら読んだこととか、この本を持ち帰った土日が大雨で、何もすることがなくて、繰り返し呼んで物語の世界に浸ったとか、忘却のかなたの、日常の一こまが妙に思い出されました。
とにかく、不思議な力を持つ物語です。
私にとってだけ、かもしれませんが。
そんなわけで、この話に関しては「大人になった今、新しく気づいたこと」はほとんどありません。
あのころの気持ちをもう一回体験している、という感じです。
さて、子供のころ、一読して衝撃をうけたことは、人間の友達、私も大好きな動物、犬を悪役というか、非常に不気味な存在として描いていることでした。
今にいたるまで、犬を悪者仕立てにした物語は、少なくとも私は見たことありません。
しかし、なぜか私はそういう描き方が妙に気に入ってしまったのでした。
「やるじゃん、犬」とさえ思いました。
現実の世界で人に忠実な生き物が、この本の中では人間を欺く存在であるのが小気味よくさえ思えました。
私がいちばん怖い、不気味だ、と思ったのは勿論、「犬の学校」の犬人間の姿、宏幸たちの運命を変えたラストもそうですが、なんと言っても、後藤君と飯能の愛犬学校に行き、写真をとったのに、現像したらぜんぜん違う写真になっていたくだりです。
その写真のせいで、ただひとり宏幸の話を信じてくれたお父さんの信用を失ってしまったわけですが、子供のころ、何度も似たような話の夢を見ましたから、よほど印象深かったのでしょう。
「なぜここが怖いの?」と聞かれてもうまく答えられませんが。
SF Kidさんは、飯能という町をご存知でしょうか?
今でこそ駅前が開発され、開けた新しい都市という趣ですが、私が子供のころは正直いって、暗い田舎町でした。
いかにも愛犬学校がありそうな雰囲気をただよわせていました。物語全体にただよう寂寥感に実にふさわしい場所でした。
まだ、ちゃんとした感想が書けるところまで気持ちがまとまっていないようです。
ディテールについて語るより、物語全体がもっている不思議な不思議感覚にひきずりこまれている状態です。
20年以上経ったというのに全然進歩がないです。
最後に。。。私にとって「犬の学校」は怖かったけれど続きが見たくなるような「夢」のような話です。
私はよく、とてもリアルな夢を見るのですが、夢の世界はよく、荒唐無稽な展開をしますよね?
それにあい通じるものを感じます。今も昔も。
SF Kidさんのご感想もぜひ、聞かせてください。
2001.7.14
★(感想2:永遠に続く終わりなき悪夢――子どもにこびない、突き放した侵略テーマのSF)★ (by SF Kid)
この物語は、初めてこのHPにお便りを寄せてくださった、ペンネーム・いぬさんが、子どもの頃大好きであって、忘れられなかったという物語です。
いぬさんの推薦で読んでみましたが、いやすごい恐怖物語です。
人間が他の生物に変身したり、他の生物が人間に変身する物語は、結構あります。
有名なフランツ=カフカの『変身』は、主人公のグレゴール=ザムザが目覚めると巨大な毒虫に変身しているというシュールなストーリーです。
私はこれを小学5,6年のころ、完訳版で読みましたが、理解できませんでした。
いずれもう一度読み返したいと思っております。
また、漫画家の西岸良平さん(三丁目の夕日、鎌倉物語などの作者)に、『犬の生活』という好短編があります(『地球最後の日』、双葉社収録)。
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主人公のサラリーマンがある日、ストレス解消にと上司から特殊な犬の着ぐるみをもらいます。
これを着れば犬として振る舞えるのです。
もし間違って声を出しても、周囲の人には犬の鳴き声にしか聞こえません。
主人公は毎夜、これを着て夜の街に繰り出し、電柱に小便したり覗きをしたり悪人を懲らしめたりとストレス解消をします。
しかしある日、着ぐるみのチャックが壊れて脱げなくなり、人間に戻れなくなってしまい、それ以後、犬として暮らすことになってしまいます。
自分が人間だと知らせるために知恵を絞り、英単語カードを並べることを考え付きますが、それが周りの人間には芸だと思われてしまいます。
数か月後―。英語の分かる犬として有名になり、英単語カードを「I
am not a dog」と並べるなどの芸をテレビで披露しているのを、かつて彼にぬいぐるみを贈った上司が酒を飲んで見ています。
「いずれ我々犬が人間に置き換わるのだ」と、人間の仮面をはずすと、犬の頭が出てくるのです。
この短編マンガなども、『犬の学校』と同じ発想の作品ですね。
この『犬の学校』の特異さは、そのラストにあるのではないでしょうか。
普通、子ども向けの物語やテレビ番組などは、ハッピーエンドで終わります。
仮に悪の組織や宇宙人などが攻めて来ても、子どもたちの活躍で成敗されるのです。
少年探偵団しかり、ウルトラマンしかり、仮面ライダーしかり、戦隊ものしかり。
子ども向けではありませんが、同じ「隣人テーマ」(日常生活での隣の人の正体が実は侵略者だったという侵略SFの一ジャンル)のSFに、ジャック=フィニィの『盗まれた街』というのがあります。
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これは、人間に寄生する寄生型宇宙人と戦うSFです。
主人公は戦って戦って戦い抜きます。
そして、最後にもう駄目だ、絶体絶命だという窮地に陥り、あきらめかけますが、一瞬の機転で切り抜け、とうとう宇宙人を追い払ってしまうのです。
ウェルズの『宇宙戦争』からこの方、これが侵略SFの正統的パターンでしょう。
そのつもりで読んでいると、この『犬の学校』でも、宏幸くんや志津子おばさんの活躍で犬の学校の悪を暴き、やっつけ、人間の未来は守られなければならないのです。
それが結局、ほとんど反撃無しに宇宙に飛ばされてしまうのですから、これはもう、子ども向けSFや侵略SFのパターンを逸脱しています。
読者にサービスしようと思えば、ハッピーエンドにするでしょう。
それをあえてアンチハッピーエンドにするところから、子どもに媚びない、突き放した執筆態度で自分の信念を貫いて書きたいように書いた、頑固な職人気質の作品、と言えるのではないでしょうか。
子どもに媚びない、といっても、子どもを理解していない、というのではありません。
実に子どもの心理がよく描けていると思います。
宏幸が朝、志津子おばさんから小犬が生まれたと聞いた時のうれしさ、仲良いがゆえの妹との言い合い、おばさんの家を訪ねると、出産騒ぎで眠れなかったおじさんが赤い目を晴らしながら庭の手入れをしている……など、子どもの頃の似たような心理状態を思い出させてくれます。
早朝の電車の中での新聞を読んでいる男に対する空想なども、面白いものです。
作者の佐野美津男さんは大学教授であり、児童文学の執筆・評論を行ってお られます。
文学研究者・教授としての佐野さんと、児童文学作者としての佐野さんの両面を生かした作品ではないでしょうか。
それにしても怖い作品ですね。
主人公が宇宙に飛ばされ、人類の敗北を示唆されるラストが一番怖いですが、そこに至るまでの、追い込まれていく感覚がすごいですね。
証拠写真がうまく写っていない怖さ。
唯一の証拠が役に立たなかったばかりか、反対に自分がうそをついていることを印象付けてしまうという恐ろしさ。
こんなことまでしてしまう敵に、どうやって立ち向かえばいいのか?
失望と無力感に打ちひしがれてしまいます。(いぬさんが書いているように、非常に怖い部分ですね。)
また、味方であるはずの志津子おばさんが助っ人として呼んだ岩崎先生の奇妙な言動。
この人物と一緒に敵の本拠地にだんだん近づいていく恐怖感。
明智探偵や仮面ライダーといった絶対的な正義のヒーローの存在がない本作品では、救いようがない怖さです。
そして宇宙でさまよい、叫ぶラストシーンの恐ろしさ。
普通、宇宙に放り出されると死んでしまうのではと考えますが、生きているのです。
むしろ、死んで何もかも終わってしまった方が楽かもしれません。永遠にさまよいつづけるのです。
永遠につながれて鳥に内臓を食われるプロメテウス、永遠に大石を山上に運ぶシジフォス、永遠に賽の目河原で石を積み続ける水子のように、終わりなき苦しみに耐え続けるのです。
読者も、主人公と同じように、永遠に宇宙空間でさまよう感覚を持たされます。
小学校時代に本書を読んだといういぬさんは、本書が強く印象に残っているそうですが、この永遠に続いていくかのようなラストシーンもその要因となっているのでは?
それにしても、ここに出てくる宇宙空間とは、異次元空間なのかもしれませんね。
宇宙空間なら話すことも、生きていくことすらできません。
空高く舞い上がれば気圧や大気の変化に耐えられないし、大気圏突入の際に燃え尽きてしまいます。
そういった科学的突っ込みはいいとして、異次元空間なら永遠にさまようこともありうることです。
鶴書房SFベストセラーズ『続 時をかける少女』(石山透・著)にも、異次元空間でさまよう人々が出てきます。
あと、この物語で面白いのは、「犬の学校」というアイディア商売ですね。
最近、ペットに着せる服は当然として、美容院・ホテル・墓場まで登場しています。
何万円もするピアスまで出ている始末。
「飼い犬の散歩代行」というアイディア商売も人気だそうです。
いずれ、飼い犬のしつけを代行するアイディア商売も出てくるのでは?
今では当たり前になった缶(ペットボトル)入りの「水」や「お茶」も、私が子供のころにはありませんでした。
ドッグフードさえ一般的でなかったこの時代に、「犬の学校」はまだ早すぎる概念だったかもしれませんが、今ではそれを受け入れる条件が整いつつあります。
(というか、実際にあるようです。「犬の学校」で検索すると、色々出てきます。)
それにしても、この物語に出てくる宏幸のお父さん、いいですねえ。
犬の学校からやっとのことで逃げ帰って、倒れてしまった宏幸を見て慌てる家族。
「おちつくんだ。おちつきが、かんじんだ」
と繰り返し、一番先に落ち着いたお父さん。宏幸の話を聞いて、全然信用しない母と妹。しかし
「うーんそうか。犬の祖先が、どこかで、やつらだけの文化をつくりあげて、いま、われわれが犬とよんでいる動物とは、まったく別のものになった、というわけかな。それが犬をつかって、人間にふくしゅうをさせるのか。そういうことかね、宏幸」
と一人合点しているお父さん。大変SFに理解あるお父さんと見た。
ひき逃げの証拠写真だから、値段は高くなってもいいからすぐに現像してくれと、フイルムを写真屋に持ち込む探偵気取りのお父さん。
楽しいお父さんですねー。
しかし、偽造写真に騙されて、
「犬どころか、子どもまでうらぎりやがる」
と捨てゼリフを残して去っていくのはいけませんねー。
ちょっと子どもっぽいところがありますねー。
SFや探偵小説に理解ある大人の欠点というところでしょうか?
SFや探偵小説ファンなら、もう一歩踏み込んで、敵の陰謀説まで考える必要があったのですねー。
ちょっと浅かったですねー。
あと、この本を語る上で、中村宏さんの挿絵について触れないわけいけません。
いぬさんは中村宏さんの挿絵についてすごく印象に残っていたようですが、確かに、特徴的な絵柄です。
ちょっと不気味なのですが、それがまたストーリーとよくマッチしています。
(なお、この表紙は、SFオンラインのジュヴナイルSF特集のページで見ることができま
した。
http://www.so-net.ne.jp/SF-Online/no25_19990329/special1-4-1.html)
表紙は、森の中を白と緑のぶち犬が歩いているところです。
犬の周りは少し広い平地になっていて、それを後ろ側の森の切れ間からのぞいた格好になっています。
黄緑色が中心の、鮮やかできれいな色使いですね。
しかし、ちょっと、犬が不気味な感じがします。
裏表紙は、男と女が一人ずつ、海の上を浮かぶ雲の上を飛んでいるのを、上から見た絵です。
ラストシーンに関係あるのでしょうか。
中村宏の描く人間は不気味ですね。目が大きく、髪はぼさぼさです。
タイプとしては、ビッグローブのメイルドール、「みま」と「みつる」に似ています。
扉絵には、スーツやセーラー服を着て立っている不気味な犬が描かれていて、一体どんな物語が始まるんだと驚かされます。
こんな感じの挿絵なので、ストーリーやラストの怖さとあいまって、子どもにとって怖い本だと思います。
でも「学校の怪談」が人気なように、子どもは怖い話も大好きです。
作者の佐野美津男さんは、前書きでこう書いておられます。
「犬の目をじっとみたことがありますか。
犬はかなしそうな目をしています。
なぜ、犬の目はかなしそうなのか、いろいろ考えてみました。
そしたら、ひとつのおはなしが生まれてきたのです。
犬がきらいだから、このおはなしを書いたのではありません。
犬がほんとうにすきだから、このおはなしを書きました。それさえわかってくれれば、まったくうれしいのですが……。」
あとがきでは、
>たまには、忠実を忘れて、じぶんのやりたいことをやったらどうだい、というつもりで書いた/
とも述べておられます。
ところで、授業料まで払ってもらって愛犬学校に入れてもらえるということは、余程かわいがられているということでしょう。
それが、人間を侵略するというのですから、かわいがってくれた飼い主を裏切ることになるのです。
犬にしたら、厳しい選択ですね。
それとも、人間を憎むように洗脳されてしまうのでしょうか。
犬の学校に入学した犬の気持ちを考えるのも面白いですね。
ともかく、いぬさん、面白い作品をお知らせくださり、ありがとうございました。
2001.7.15(日)
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★感想3:すごくこわい。なぜなら……★ (by いぬ)
まず、SF Kidさんにも気に入っていただけてとてもうれしいです。
ラストのこわさを書評を読んでまざまざと思い出しました。
そう、ふつう、童話というものは、犬と少年は仲良しで、何が起きても最後はハッピー、が常識なのです。
どこを切り取っても童話の常識から外れていて、だからこそすごいリアリティがあると思うのです。
宇宙空間に投げ出された少年とおばさんの声は永遠に誰にも届かず、地球上で彼らの家族は嘆き悲しんで見当外れの捜索を、これもまた永遠に続けることでしょう。
すごくこわい。なぜなら似たようなことは実際にこの現実の世界で起きているから。
「犬の学校」にまたひとつ新しい解釈を与えてくださってありがとうございます。HPは印刷して何回も読んでいます。
また、何か別の発見があるかもしれません。
挿絵の中村宏さんは、今、どのような活動をなさっているかご存知ですか?
もし、何か情報があったら教えてください。
2001.7.30(日)
★感想4:替え玉★ (by SF Kid)
先日のいぬさんのメールに、宇宙空間に放り出された宏幸とおばさんの家族は、永遠に見当外れの捜索を続けることでしょう、似たようなことは実際にこの現実の世界で起きているから、とありました。
何だか、現実でも宇宙空間に放り出された人がいるかのような書き方で、怖い表現の仕方だと思いました。
いぬさんの文章には、時々教養を感じさせる表現がありますね。
また、残された家族の永遠の捜索、これも実に怖いことです。
なぜ私もそのことに思い巡らさなかったのだろう、冷血なのか、と少々ショックでした。
しかし、よく考えると、後藤くんもそうですが、犬たちは替え玉を送り込むだろう、ということを前提にしていたことを思い出しました。
果たして実際に犬たちが宏幸と志津子おばさんの替え玉を送り込むかどうかは分かりませんが、まだ研究が初期段階なので、犬たちはまだ研究所のことを知られたくないはずです。
もし宏幸が失踪したら、今度こそ前回のように宏幸の家族を騙せないでしょう。
だから替え玉が取って代わるので、家族は始めは気付かないだろう、ということを前提としていたのです。
しかし、いずれは家族も変に思うのでは?
書評1でも紹介したジャック=フィニイの『盗まれた街』では、精神科医の主人公の所へ、「家族が家族でないような気がする」と相談に来る人が増えることから始まります。
だからここらへん、例のSF・探偵趣味のお父さんが変に思って、そういえば「犬の学校」が怪しい、となり、一方、飼い主の愛情が忘れられないジャピロやその他の犬も反乱を起こし……といった展開になれば面白いのですが。
ともあれ、残された家族のことに思いをはせるのは、人間として必要な感性だと思います。
2001.8.5
★感想5:宏幸の呼びかけ★ (by SF Kid)
HPに掲載した「犬の学校」の書評を読み返してみて、一つまた発見をしました。
犬の策略によって宇宙へ飛ばされた宏幸は、こう叫ぶのです。
「おとうさーん、おかあさーん、昌代、早くおいでよオ」
これもまた、やりきれない呼びかけです。
犬によって一敗地にまみれた人間ですが、ここでがんばって犬の侵略に勝たねばならないところです。だからここは
「だまされちゃいけないよ、犬が襲ってくるよ」
とか、両親や妹に注意を喚起するようなことを言ってほしいところです。
ところが、吸血鬼に血を吸われた人間が吸血鬼になるように、人々を宇宙に呼び寄せようとするのです。
これは、犬に侵略される人間にとって、二重の敗北ですね。
もう人間は地球の支配者の座を犬に明け渡したんだ、ジタバタしたって仕方ない。
……この作品は、侵略者と戦って勝つ、といったような普通のSFのパターンを突き抜けた、東洋的な諦観のようなものさえ感じられます。
こういったラストもまた、子ども心に恐ろしい印象を与えたのではないでしょうか。
(掲示板に書き込んだ文を転載しました)
2003/01/19
だけどぼくは海を見た ピカピカのぎろちょん ぼくのまっかな丸木舟 ←これらのページもご覧下さい。
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児童書読書日記 ■[児童書・国内]「犬の学校」(佐野美津男) http://d.hatena.ne.jp/yamada5/20060101/p1
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