■科学の芽をのばし、夢をそだてる科学小説 ■ 少年少女ベルヌ科学名作全集(学研)
難破船
那須辰造(訳) 小林与志・由谷敏明(絵) 1968年5月1日発行
学研 少年少女ベルヌ科学名作全集 第8巻
★(あらすじ)★
1864年7月26日。スコットランドの貴族グレナヴァン卿は持ち船・ダンカン号の運航テストを行っていた。
シュモクザメを釣り上げた一行は、胃の中から酒瓶を取り出す。
中には救出を求めるグラント船長の手紙が入っていた!
グラント船長の救出を決意した一行は、グラント船長の子供・メリーとロバートの二人を加え、航海に出発する!
★(感想:グラント船長を探して大冒険!未知の大陸へ!ギャングや野蛮人との対決!暗号解読の要素も!!)
今回、学研の少年少女ベルヌ科学名作全集版(那須辰造訳)と偕成社の名作冒険全集版(野田開作訳)を読み比べてみました。
野田開作(訳) 武部本一郎(絵) 1966年3月1日発行
偕成社 名作冒険全集 第25巻
学研版の方が対象年齢が高いのか、2段組で字も細かく、より詳しく訳出されています。
偕成社版の方が字が大きくより簡約化されていますが、超訳というか、文章に切れとスピードがあって一気に読ませます。
実は私は中学生時代に本作品を旺文社文庫版で読んだことあります。
今思うとよく読んだなと思うのですが、確かに苦労しました。
今となっては完訳版を読む体力がないので、少年少女向け縮約版に挑戦したわけです。
旺文社文庫の『十五少年漂流記』の解説で、解説を書いていた訳者(金子博)が
「ヴェルヌの作品は文体に難があるので抄訳で紹介されることが多い」
というような意味のことを書かれていました。
抄訳にしろマンガ版にしろ、読まないよりは読む方がいいに決まっています。
その意味では昭和時代に出された少年少女向け名作文学の抄訳はなかなかレベルが高いので、忙しい大人が読み直すのに最適だと思います。
……で、中学時代に読んだ時は、とにかく読むことに意識が行っていてストーリーを楽しむまではいかなかったのですが、今回読んでみてなかなか面白かった。
那須辰造さんは解説で
「ベルヌの作品には、空想科学小説と地理(旅行)小説とがありますが、この『難破船』は、後者の代表作です。」
と書かれています。
当時のフランス人にとって南アメリカ大陸やオーストラリア大陸、ニュージーランドのことはあまりよく知られていなかったのです。
好奇心旺盛なヴェルヌはこれらの世界について色々と調べ、見て来たかのように物語に描きました。
当時の読者にとって、本作品の舞台は月世界や海底や地底と同じく、未知の世界だったのです。
本作品に登場する地理学者のパガネル先生はヴェルヌの分身なのです。
ヴェルヌの冒険小説の面白さは他の作品でも証明済みですが、本書では凶悪な脱獄囚どもを組織化した盗賊団のかしらベン=ジョイスとの対決もあり、海水で部分的に消えて暗号状態になってしまったグラント船長の手紙を解読するという暗号解読ネタもあり、ヴェルヌのストーリーテラーぶりが際立っています。
オーストラリア大陸を横断する際、グレナヴァン一行はほろ車購入し、牛に引かせます。
「車は、ひどいぼろ車だったけれど、ほろのなかにふたつベッドをならべて、板でしきりをすると、婦人室になった。荷物をつんで、うしろのあいている場所は、すいじ場にした。」(那須辰造訳)
今でいうと、キャンピングカーですか。当時のほろ車でもこんなことができたのですね。
しかし、今現在にキャンピングカーで道路を走るのならまだしも、開拓時代のオーストラリアを牛車と馬で横断するとは、心細いものです。よくもそんなことをやったものです。
実際、途中で遭難して大変なことになります(そうでないと物語になりませんが)。
最後に、この物語のタイトルについて。
原書のタイトルは確かに『グラント船長の子供たち』のようです。
しかし物語としては、グラント船長の子供のメリーとロバートが突出して活躍しているわけではありません。
活躍するのはあくまでも大人であるパガネルであり、マクナブスであり、南アメリカ大陸冒険編の案内役・タルカベであり、グレナヴァン隊長です。
偕成社の名作冒険全集版(野田開作訳)ではジュヴナイルの読者層を意識して、ロバートの描写が多いような気がします。
それで、今回読んだ少年少女向け翻訳では、『ダンカン号の冒険』だとか『難破船』というタイトルになっています。
しかしこのタイトルも今一つ物語の内容を表しているように思えません。
ダンカン号というのは、グレナヴァン卿の持ち船の名前です。確かにグレナヴァン一行はダンカン号に乗って航海します。しかし物語の中心は、ダンカン号を降りて上陸した南アメリカ大陸のパンパであり、オーストラリア大陸であり、ニュージーランドでの冒険なのです。
一方、グラント船長が乗っていた船はブリタニア号。『難破船』というのは、ブリタニア号のことです。
しかし、物語にはブリタニア号の描写は一度も出てきません。ブリタニア号が難破して二年後の物語なのです。
以上の考察から、本作品がなぜ『ダンカン号の冒険』だとか『難破船』というタイトルで出版されたのか、疑問に思います。
岩崎書店 『ベルヌ冒険名作選集』亀山龍樹訳版では、『大秘境の冒険』『難破船』の二通りの記述があるのですが、どういうことでしょうか。
( 『ベルヌ冒険名作選集』/岩崎書店 を参照)
私個人の感想としては、『大秘境の冒険』が物語の内容をよく表していると思うし、一番興味を引くタイトルだと思います。
実は今回検索してみて、1964年に本作品を原作としたディズニー映画が公開されていたと知りました。
映画の原題は「In Search of the Castaways」。
“遭難者を探せ” といったところでしょうか。
これが日本公開の際、『難破船』というタイトルとなりました。
←海外版DVD。見るにはリージョンフリーのDVDプレイヤーが必要。
映画公開後に発行された学研版はこの映画に合わせたタイトルとしたのでしょうか。
偕成社の『ダンカン号の冒険』の方は、今回参照した本の奥付けでは1966年発行と記されていましたが、
これは再版の年月であって、初版は映画公開前の1958年発行のようです。
そして上に挙げた岩崎書店『ベルヌ冒険名作選集』版でタイトルが2種類あるという謎は、再版の際に映画に合わせて改題した、というのなら説明がつくのですが。
(映画化は1936年にソ連でもされたようです。)
それはともかく、いま改めて本作品のタイトルを考えるとすると、どんな案が考えられるでしょうか?
『父をたずねて海上三万マイル』
『グラント船長を探せ!』
『三十七度線上の追跡』
……どうですか?売れそうですか?読みたくなりますか?
皆様ならどうしますか?
↑旺文社文庫版(1977年)は、集英社ヴェルヌ全集版(1968年)の再版のようです。
(貴重な帯付き画像はヤフオクより頂きました)
(その他収録作品)
学研の少年少女ベルヌ科学名作全集は、ベルヌ作品の他に、関連する読み物が収録されています。
それらの読み物も味わい深いので紹介します。
南太平洋の二つの国
岡田日出士(文)
オーストラリアとニュージーランドの歴史と地理について、豊富な写真と共に紹介。
中学時代の地理の授業を思い出しました。
私の中学時代までの読書の傾向は、お話の本や歴史の本に偏っていて、地理だとか自然科学とかいわゆる図鑑類には全く関心ありませんでした。
だから初めて地理の授業を受けた時は面食らったものです。
今思うと、幅広い分野の本は読んでおくべきだったと思います。
そういう意味で、物語の本にこういった自然に関する読み物が収録されているのは素晴らしい編集方針だと思います。
子ども時代にこの全集に巡り合わなかったことは残念です。
「(オーストラリアの原住民は)ダンビエが見たように、黒人でした。
この黒人は、イギリス人が移住してきはじめてからは、ぐんぐんとへってしまったし、そのちかくの島々にいる黒人たちとはからだつきがちがっているので、どういう人種であるかは、はっきりとはわかっていません。」
「また、大陸の南にあるタスマニア島には、オーストラリアとはべつの人種の土人がいました。だが、この島にうつってきたイギリス人にたいして、あまりいうことをきこうとしなかったし、すがたがみにくいというので、イギリス人は「黒人狩り」をおこない、かたっぱしからころしていきました。」
「1860年には、さいごのひとりが死んで、地球上からタスマニア人種はすがたをけしてしまったのでした。
もっとも原始人にちかい人種を、こうしてほろぼしてしまったのは、人類学のうえでも、ざんねんなことです。」
残酷なことがやさしい言葉でサラリと書かれています。
当時はこんな記述は結構あったものです。
セルカークの冒険
セルカークとは、あの『ロビンソン・クルーソー』のモデルとなった人物だという前提で書かれています。
彼はかなりの乱暴者で船員になったそうですが、当時の船員とはそんな連中ばかりだったようです。
何せスペインやフランスの軍艦を襲って積み荷を奪うなんて海賊まがいのようなことをしていたくらいですから、当時の船員と海賊は同じようなものだったのでしょう。
大航海時代に未知の海を航海した冒険家もそのような連中でした。
そういう連中の活躍のために歴史が進んでいったという面もあるのです。
この物語では、ダニエル・デフォーがセルカークを訪れて取材を行うシーンが描かれています。
但し現在では、セルカークが『ロビンソン・クルーソー』のモデルだったという説に否定論もあるようです。
バウンティ号の反乱
わずか13ページほどの短い物語ですが、非常にドラマチックで密度の濃い物語です。大長編小説を読んだ気分。
戦艦バウンティ号で反乱が起こり、船長以下18名は小さなボートに乗せられて追放される。
船長以下は無事陸地にたどり着けるのか?
一方、バウンティ号の方は……?
18世紀末に現実にあった事件のようで、何度か映画化されているようです。
ボートで流された船長側も、二等運転士のクリスチアンを中心とした反乱側にもドラマがあります。
本作品は漂流する船長たちを主に描いていますが、反乱側にも様々なドラマがあったようです。
これはぜひ映画を見てみたい。
また、ヴェルヌには『チャンセラー号の筏』という作品がありますが、こちらはフランスのメデューズ号の遭難をモデルにしているようです。
航海技術が十分でなかった時代、航海は命がけだったのですね。
そういった人々の冒険があったからこそ、人類の進化があったのです。
ビーグル号航海記
人類史上余りに高名な著作。こういう記念碑的学術書を読めるとは素晴らしい編集方針です。
3人のフェゴ原住民をイギリスに連れ帰り、3年間教育を受けさせて元の国に返した顛末を中心につらつらと抜粋。
進化論に関する記述はほとんどありません。
アレキサンダー・セルカーク 1676~1721
バウンティ号の反乱 1789年
チャールズ・ダーウィン 1809~1882
ジュール・ヴェルヌ 1828~1905
ダーウィンとヴェルヌはほぼ同時代人なんですね。ヴェルヌはダーウィンの進化論についてどう思ったのでしょうか。
ダーウィンがビーグル号で航海したのは、さすがにセルカークやバウンティ号の時代より後の時代でしたが、まだまだ航海に危険が伴う命がけの時代でしょう。
このような身体を張った命がけの航海と冒険があったからこそ、新しい学説を立てられたのではないでしょうか。