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■本格派が愛読する!■ 推理小説ベストセラーズ(鶴書房)

物体Xの恐怖

     

   ジョン・W・キャンベル・Jr(作) 矢野徹(訳) 新井苑子(絵)

 ★(あらすじ)

 南極を調査中の南極探検隊は氷漬けになった宇宙船と宇宙人の死体を発見する。
 一行は調査のために宇宙人の死体を探検基地に持ち帰る。
 しかし宇宙人は地球の科学の想像を超えた生命体だった!
 生き返った宇宙人は探検隊員に寄生して入れ替わっていく!
 宇宙人を根絶しなければ南極探検隊はおろか、地球の人類の破滅を招くのである!
 探検隊員は科学の知識と理性と知恵を動員し、宇宙人と対決する!
 映画『遊星からの物体X』原作!

 


 ★(感想:目利き編集者が選んだ ジュヴナイル推理シリーズ収録の本格SF!)★(ネタバレ注意!!)★

 小中学生を読者対象としている鶴書房の推理小説ベストセラーズ全10冊のうち、最後の1冊はSF特別編。
 解説で関英雄さんが書かれています。
 
「物理学、化学、生物学などの知識が「こういうことも有りうる」という想定のもとに、物語の展開の軸として利用されていることです。それがS・FのS・Fたるおもしろさを成り立たせている根本のものです。「ほんとうにこんなことがあるかもしれぬ」と、読者に思わせるわけです。」
  
 新聞の科学面などを読んで一般的な生物学や医学の知識をつけた私は、本作品の科学的な記述を非常に面白く読みました。
 引用してみます。
 
「ノリスは、こいつをとかせることによって、人類がまったく抵抗することのできない病気がひろがりはじめるのではないか、と、いうんだ。人間には、まったく免疫のきかないものかもしれないとね。ブレアの意見は反対だ。この怪物や、これについている微生物といたものは、まったく人間には害がないはずだ。というのは、われわれの生化学とたぶん……。」
 

「そう、この怪物は地球のものではない。交差感染をおこさせるには、あまりにも、われわれのからだとはちがった生化学にもとづいているようだ。ぼくの意見は、そのような危険はあるまい、ということだ。」

 
「そいつのからだだが、生化学的な性質は、われわれとちがっているかもしれない。そいつのからだについている細菌は、この地球では生きていけないかもしれん。だがブレア、コパー、だれでもいい……ビールスはどうなんだい?ビールスは、ただの酵素の分子で、生きていくためには、たんぱく質さえあればいいといったはずだ。」

 
「まあまてよ……ぼくのいいたいのは、その悪夢以外の点では、きみがビールスのことを、だいぶまちがえて解釈しているってことなんだ。第一だな、まだ酵素反応理論は説明されていないんだ。」

  

 地球上の人類の歴史を見ても、遠く離れた地域との交流の際、免疫のない細菌による病気の流行はよくあったということです。
 そういうことが宇宙人との交流でもあり得るのか否か。
 そういえば、ウェルズの『宇宙戦争』では、地球に侵略してきた火星人は地球の細菌に感染して死にました。
 今後、もし宇宙人が現れて交流が始まるとしたら、微生物やウイルスという問題も考えなくてはならないでしょう。

 上に引用した部分で、「身体の構造が違うと感染しない」という指摘が面白いと思いました。
 ヘビについている細菌が人間に感染するようなことはない、と例を挙げられています。
 そんなものなんですか?

 本作品での答えは、その地球上の科学的常識を超えたものでした。
 細菌やウイルスではなく、生き物自体が生き返ったのですから。
 宇宙には我々の想像を絶する危険があるということです。
 それなら、もし今後、宇宙人と交流したり、宇宙人の死体を研究する場合、どのような議論が交わされるのでしょうか。
 本作品を読むと、かなり消極的な意見となりそうです。
 もし現実に宇宙人とのコンタクトが議論になった時、本作品が参考文献として挙げられるかもしれません。

 それはともかく、本作品で交わされた生物学の議論は、非常に興味深いテーマです。
 高校の生物学の授業や大学教養課程の生物学の授業で雑談として取り上げると、きっと若者達の知的好奇心を引くと思います。
  
 それにしても本作品では、我々の科学的常識を超えた異常な生命体について、読者に分かりやすいように的確な説明がされています。
 並みの人間では、何が起こっているのか状況判断すらできなかったでしょう。
 生物学者・ブレアの理解力・解説力が凄すぎます。
 他にも副隊長のマクレディや医師のコパ―を始め、誰もが危機的状況になっても冷静で理性を保って的確に行動します。
(料理人のキンナーは例外)
 もちろん国を代表して南極研究に来ているくらいだから精選された有能な科学者達なのでしょう。
 物語進行の都合を考えると、短いページ数で宇宙人との心理戦を効果的に描くためにはこういう展開が最適だったのでしょう。
 
 クリスティの『そして誰もいなくなった』を始め、密室状態で犯人が分からずに一人づつ殺されていくという展開のミステリーがあります。
 そのスケールを大きくして、本作品の犯人は人間になりすます宇宙人なのです。
 こういう作品を読んでおくと、実際にそんな立場になった時にどんな行動を取るか、シミュレーションとなります。
 まあそんな経験はしたくないものですが、一度読んで想像しておくだけでも人間性の幅になると思います。
 だから本作品を子供の頃に読むのは、科学への関心を深め、人間性の涵養のために非常にいいことではないでしょうか。
 
 しかしミステリー的に考えると、
「いつどうやって殺された:いつどうやって宇宙人に入れ替わった」
という謎が残ります。
 
 一晩怪物を見張っているはずが研究に熱中のあまりうっかっりしていたコナントが入れ替わるのは分かります。
 しかしガリー隊長やブレアはいつ入れ替わったのでしょうか?

 もう少し考えると、人間に入れ替わった宇宙人はなぜ一気に総攻撃をしなかったのかという疑問も出てきます。
 ガリー隊長の命令で副隊長から隊長に昇格したマクレディが宇宙人を見分ける方法を考え出し、ついに一匹が発見されて退治されます。
 その後も宇宙人は人間になったふりを続けて成すがままになって一人づつ退治されていきます。
 この時、同時多発的に変身して混乱を起こす作戦を取られてはどうなっていたでしょうか。
 まあ物語の展開上、こうならないと都合が悪いからでしょうが。
 
 マニアから高い評価を得ている1982年の映画版と原作では、結末が違います。
 1982年の映画版では探検隊員の犠牲が次々と増えていくという凄惨な展開となり、最後、勝敗が分からず判断を見る人に預けるような終わり方をしています。
 しかし1938年に描かれたこの作品では、そういう結末はまだ早過ぎたのでしょう。
 やはり当時の作品は、地球人が勝って宇宙人を撃退するという結末が自然だったのではないでしょうか。

 そして本書は、1982年の映画リメイク版より先に出版されているということもポイントです。
 1982年の映画版で有名過ぎるほど有名となった超メジャーな作品ですが、その映画化より先に本作品を発掘し、少年少女向けのSFとして紹介していたのです。
 本叢書の企画者の目利き力はすごい。

 鶴書房の倒産は1979年といいます。もし『遊星からの物体X』の映画化が間に合っていれば
“映画化原作!!”
と帯を付けてキャンペーンをしたのでしょうか。
 それがきっかけとなって推理小説ベストセラーズやSFベストセラーズの売り上げが上がって、鶴書房の売り上げが上がり……。
 もしそうなっていれば、日本のジュヴナイルSFやミステリーの歴史も変わっていたかもしれませんね。

 
   [wikipedia:鶴書房]

  [はてなキーワード:鶴書房]

  

 ★(完訳版との比較)

 創元SF文庫に収録されている完訳版と読み比べてみました。


 
 鶴書房版
45字×15行×123ページ =83.025字
 創元版
42字×18行×102ページ =77.112字
 
 単純に計算すると、鶴書房版の方が文字数が多いんですね。
 もちろん、鶴書房版は挿絵も入るし改行も多いしレイアウトはゆったりしています。
 ジュヴナイル版だけあって、鶴書房版の方が圧倒的に読みやすい。
 内容も、創元の完訳版とほとんど変わりません。
 ただ一点、探検隊員達が映画を見るシーンで登場する、コールドウェルの描写が完全に省かれていています。
 ひょろりとしたニューイングランド人でパイプをふかしている人です。
 この方はこの場面にしか登場しない方です。映画版でも登場していないように思います。
 ということで、鶴書房版はジュヴナイル版とはいえ、非常にレベルが高いといえます。
 このような素晴らしい本が出ていたことは日本のSF界にとって幸せなことだったと思いますし、もっと類書が出ていてほしかったとも思います。
 
 後で気付いたのですが、早川書房版は本書と同じ矢野徹さんが訳しています。



 大人向けの早川書房版と、少年少女向けの本書とで文体や長さの変化はあるのでしょうか。
 比較できる機会があれば比較してみたいと思います。





   

    ↑宇宙人の死体と一夜を過ごすことになった宇宙線学者・コナント。

   

    ↑犬になりかけた怪物。
 本書では宇宙人の描写は2枚のみ。あまりイメージが湧きません。
 1982年の映画版の後に強烈なイメージが生まれました。



編集後記およびぼやきなど
 
↑コメントお待ちしております。




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