21世紀を考えよう!

金の星社 少年少女21世紀のSF(8)

 月ジェット作戦 

(小隅黎・作/表紙・依光隆/挿画・中山正美)

(1969年8月初版 1982年3月第10刷)

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     月ジェット作戦 (少年少女21世紀のSF 8)
 

(あらすじ  ネタばらし注意!)

 1990年の世界条約により、世界政府は月付近に人工衛星市を建設。
 人類は世界政府のもとで宇宙開発を行うことになった。
 しかし、世界各国では、自国の力で宇宙開発を行おうという「宇宙派」が台頭。
 世界政府を差し置いて勝手に月に進出し、世界政府に協力的な「世界派」を圧倒しつつあった。
 この局面を打開する「月ジェット作戦」とは何か?!

 世界政府の中で一部の「月ジェット作戦」推進派の先走りにより、「月ジェット作戦」が見切り発車され、月面基地と地球は大混乱!!
 混乱に乗じて「宇宙派」が非常事態を宣言。政権掌握を開始する。
 村田トシオ少年は、「世界派」の人々に助けられ、「宇宙派」の包囲網を突破して、月ジェット作戦のカギを握るとされる父親と会うために、月に向かうのであった。
 

 

 

 

(感想:世界派(グローバー、国際協調派)と宇宙派(コズモ、国粋派)の内戦勃発!
     リアルな政治状況を描いた本格SF!!)

    (※ネタばらし注意!!)
 

「超人間プラスX」の感想文では、

「30年前、ジュニア向けSFはここまで描いていた!
 選ばれし者の葛藤と使命を描いた本格SF!!」

と見出しにしました。
 同じ作者による本作品も
「40年前、ジュニア向けSFはここまで描いていた!」
です。
 実際に21世紀を迎えて大人になった私が読んでみて、政治状況を描いた部分が非常にリアルです。
  
 それにしても、私がこのHPのために『超人間プラスX』を読んで感想文を描いてアップロードしたのが2002.7.7(日)。
 それから既に10年が経過しています。
 いやー、月日のたつのは本当に早いものですねえ。
   
「月ジェット作戦」とは何か!?
 本書の表紙を見て下さい。

 

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     月ジェット作戦 (少年少女21世紀のSF 8)


 月から細い光のようなものが出ていますね。
 これこそ、イオン・エンジンの出す電子の噴流(ジェット)、または光子エネルギー放射。別名月のシッポ。
 この噴流による推進力によって月は地球から遠ざかっていくというわけです。

 地球と月の距離が変わると今までと同じように簡単に月に行くことができなくなります。
 そのため、各国が独自に宇宙進出を行うことが困難になり、宇宙開発は世界政府を中心に各国が協力して行わざるを得なくなります。
 よって、月を巡る戦争の危機も防ぐことができる。
    
……これこそ、「宇宙派」に押され気味の「世界派」が起死回生の一発逆転を狙った「月ジェット作戦」!
 世界政府も大それたことを考えたものです。

 しかし、いくら世界政府とはいえ、月を動かすジェットエンジンなんて開発を行う科学力はあったのでしょうか?
 月ジェット作戦の本当の黒幕は?
……ここからはネタばらしとなるので控えますが、本作品では、月成立の秘密から人類誕生の秘密まで、驚くべき説明がされています。
 
 ちなみに、現実のこの世界では、月の起源については、未だに明らかになっていないようですね。

    [wikipedia:月]

   月の起源論   http://www12.plala.or.jp/m-light/notebook/Kigen.htm

 

 そういえば私が子どもだった頃、学研「ムー」で、「月は人工的に作られた天体だ!」という記事があり、面白く読んだものです。
 またこれとは別の号で、世界の最新学説(トンデモ説?)を紹介するコーナーで、某国の学者が
「月は巨大な宇宙生物の頭部の残骸だ!」
という説を発表した、という記事を読んで驚いたものです。

 いやーこんな世界、楽しいですねー。
 私もその後の人生で、こういった世界に入ってこういった仮説の探求を続けていたとしたら、一体今頃はどんな楽しい生活を送っていたことでしょう。
 私は一体、いつどこから人生を誤ってしまったのでしょうか?


  
 それにしても、本作品も、なかなかリアルなハードボイルドな描写があります。
  
 トシオの学校の寮で同室の山田龍一が危険人物だということで、防衛省の武装隊員が逮捕に来る!
 龍一は実は、世界政府首脳評議会直属の秘密スカウトだった!

 秘密スカウトとは、正式の世界市民ではなく、身分を隠した世界市民。
 非常事態宣言が出た場合、完全な二重国籍スパイということになり、見つけ次第射殺されても文句の言えない危険な立場、と説明されています。

 幸い、龍一は一足先に逃げた後でしたが、同室だったトシオも参考人として連行されることに。
 一行は寮の前で待っていたパトカーに乗り、東海ブロック防衛本部へ向かう。
 ところが運転手が麻酔銃で警察隊員を眠らせる。
 運転手は世界派の秘密組織の一員であった!
 世界派の拠点に向かう二人。
 ところが追手が回り、検問所から銃撃される。


   
 ドサリ……座席に伏したトシオの上に、運転手のからだが倒れかかってきた。ふりむくと、血まみれの顔が目の前に……。
  
「そっちの運転手は?」
「死んでます。頭を貫通したようです。」


  
 こういった生々しいハードな描写、苦手です。
  ロバート・A・ハインライン『超能力部隊』や矢野徹『新世界遊撃隊』の展開を思い出しました。
 
『超能力部隊』ロバート・A・ハインライン
  http://sfkid.seesaa.net/article/112424091.html


  
 東海地区防衛本部で訊問されるトシオ。
 この時代の訊問は、精神科の医師がコンピュータや催眠術を駆使して行います。
 絶対に隠し事ができないらしい。これは科学的ですね。
 この訊問により、どうやらトシオの本名が宗像哲志だと判明。
  
 東京の防衛省情報局に送られるトシオ。
 実は宇宙派と見られていた防衛省は、陰で世界政府の月ジェット作戦に協力していたのである!

 何だ今までの事件は連絡不行き届きか、これから順調に進んでいきそうだな、と思っていたら、
防衛省宇宙局の実質トップである報道部長・片桐英樹航空一佐が暗殺されたため、防衛省は反・世界政府に逆戻り。
 トシオは片桐派のはからいで宇宙センターに送られ、人工衛星市に向かうことになる。
 日本政府の妨害をふりきり、12機のロケットは20秒間隔で次々に緊急発射!


  
 トシオ少年を取り巻く政治的状況が生々しくハードで、トシオ少年も否応なく巻き込まれていきます。
 世界派と宇宙派の争いも生々しいのですが、同じ陣営でも一枚岩ではなく、内部で派閥争いのようなものがあり、リアルです。
  
 世界派と宇宙派の争いも、10年前までは世界派が優勢であったが、現在では宇宙派が圧倒している、と描かれています。
 月が地球に落ちてきて、その後、国際協調的な政権が生まれ、やがて国粋的な政権が台頭して戦争に戦争が始まる、という
『ついらくした月』
状態です。


  
ついらくした月
  http://sfclub.sakura.ne.jp/iwasaki21.htm


  
 ところが、人類は見捨てられなかった!
 人類を見守る存在、それは「合成脳のはんらん」の逆バージョンと見ることもできます。


  
合成怪物(旧題:合成脳のはんらん) 
  http://sfclub.sakura.ne.jp/iwasaki25.htm


  
 そして、月の地下秘密基地で父・宗像幸夫に会ったトシオ(宗像哲志)は、大人になって一人前になってから父親に再会することを約束。
 宗像幸夫も、10年間、月の地底の自動都市を封印し、その間「月ジェット作戦」を中断することを約束する。
  
 10年後の再接触までに、人類の科学文明を発展させるため、世界各国も争いをやめて世界政府の下に協力を誓います。


   
 すぐに父親に協力を申し出ず、一人前に成長するまでの猶予を求めたトシオ(宗像哲志)。
 同じ作者による「超人間プラスX」でも、5人のエスパー達は成人を迎えるまで、超能力を封印します。
 大きな力を使いこなすには、人間的成長が必要だということでしょうか。
 10年間の成長を自ら課した宗像哲志や中野和也も、「超人間プラスX」なのです。

 

 ところで、トシオ少年は、「全日本少年クイズマン大会」の決勝を争うシーンで初登場します。
 優勝商品は、世界政府管理の人工衛星市の見学。
 ライバル達が脱落していき、最後に、中野和也と優勝を争います。
 そして、最後の問題。


 
「この『少年クイズマン大会』と同じように、クイズ大会で優勝して、人工衛星市を見学に行く少年を主人公とした長編小説が、まだ人工衛星がひとつもあがっていない1950年代のはじめ、イギリスの有名な作家によって書かれました。
 その作家というのは誰でしょうか?」


 
 ボタンを押したのは中野和也が一瞬早かった。
 しかし、中野少年は答えます。
 
「わかりません。ぼくの思い出したのは、日本の作家の小説でした。イギリスの小説じゃなかったんです。」
 
 しかし答える権利はある、と言われて
 
「……いや、ぼくは棄権します。さいごの一問を、まぐれ当たりでとりたくありません。」
 
 回答権がトシオ少年に回ってきます。
 しかし、このまま答えるのはフェアプレイに反すると思ったトシオ少年は、二人一緒に紙に書いて回答する方法を提案します。
 
 トシオ少年の提案は見事ですねえ。
 反射的にクイズに答えるより、臨機応変に双方納得いく方法を考えて提案することの方が価値があると思います。
 こんな対応ができる人間を目指さないといけませんねえ。
 
 それにしても、SFが好きな割には、精神の不調のために高校・大学時代に思うように本を読むことができなかった私としては、このクイズの答えが全く見当もつきません。
 解答として、アーサー・チャールズ・クラーク『宇宙島に行く』が示されています。
 実際にある作品でしょうか?
 こんな基本的作品も知らないなんて、SFファン失格ですねえ。
 私は今後、絶対的遅れを取り戻せるのでしょうか?

 

     宇宙島へ行く少年 (ハヤカワ文庫SF)
 



 それにしても、中野少年が真っ先に思い出したという「日本の作家の小説」とは、一体何なのでしょうか。
 日本の作品にも、クイズに答えて宇宙旅行に行くという作品があるのでしょうか?
 いやもしかして、ここで言ってる「日本の作家の小説」とは、小隅黎『月ジェット作戦』という、自己言及的タイムパラドックスなんでしょうか?
 もしそうだったとしたら、面白いですね。
 SFをよく知っている方はどう思われますか?
 ご教授頂ければ幸いです。

 

 トシオ少年がクイズ大会に参加したきっかけは、中学の寮で同室の、山田龍一に誘われたからです。
 この山田龍一、正体は実は20歳に近くて、世界政府首脳評議会直属の秘密スカウトであって、
 物語冒頭では、月上車の航行士をやっています。

 そんな龍一が、何で地球に来て全寮制の中学校に入学して寮で生活していたんでしょうか。
 世界政府支持者の連絡役となって防衛省の片桐一佐や宗像リツ子秘書との交渉にも当たっていた、ということですが、何も中学校の授業に出席しながらこんな重要な仕事に当たらなくても。
 特に、全寮制なら門限もあるだろうに。
 年齢的に見れば、大学生で一人暮らししてる方が都合がいいと思います。
 仕事をするにしても、自由業など、もっと他に動きやすい職業もありそうなものなのに。
 今なら、ネット起業家でしょうか。

 
 
 さて、本作品では「世界市民」という概念が出てきます。
 一体どんなものなのか、説明を引用してみます。
  
 この「世界市民」というのは、すべて、世界政府の厳重な審査をパスして、出身国の国籍を返上した人たちなのだ。
 人種や国籍のちがいを問題にせず、また年齢や階級の上下にもよらず、おたがいに「人間」同志として、あらゆる場合に、まったく平等な結びつきを重んじるのが、世界市民の誇りで、げんにこの月上車の中でも、四人のうち、だれが指導者というきまりはなく、つねに四人の自発的な同意と協力によって、すべてが動かされていくのである。


  
 しかし10年前から、世界中ほとんどの国で国粋主義勢力が世界派を圧倒しつつある、と述べられています。
  
 この事件でトシオと知り合い、友人になった中野和也は世界派の支持者で、世界市民候補として願書を出し、宇宙標準語も話せます。
 
「どうして、みんな、世界政府の方針にしたがうことが、国家の主権をきずつけることのように思うんだろう?ねえ、村田くん。
 何百年も前には、日本も、世界のどの国も、まだいくつかの領地にわかれていて、住民はその領主の命令にしたがっていた。
 それがやがて、もっと大きな国家に統一されたんだ。
 いまはもう、全地球が一つにならなければいけない時代だ。そう思わないか?」


 
 この作品が描かれて40年以上経過しました。
 21世紀になっても世界政府なんてものは現れず、各国がいがみ合っています。
 ヨーロッパのEUはそれに近い存在ですが、最近、加盟国の間でも、EU離脱をするかしないかという問題が言われています。
 日本はもっと悲惨で、郵政民営化やTPPなど、アメリカの属国化・奴隷化勢力が幅を利かせています。
 原子力村も確固な勢力を保っています。
 民衆の間から原子力村を批判する運動が発生しても、内部分裂を繰り返して大きな力にはまとまりません。
 原子力村は「分断して統治せよ」を実行しています。
 同じ脱原発派でもケンカになってしまうのだから、世界政府なんて到底実現しそうにありませんね。
 


 
「この物語は、今からおよそ30年後……西暦2000年ごろの宇宙を舞台としています。
 しかし、現在の宇宙開発の進歩ぶりを考えると、こんな宇宙科学SFは、あと2、3年もするうちに、いろいろ事実とちがったところが出てきて、時代おくれになってしまうかもしれません。
 でも、ふりかえってみると、地球上では、いまだに戦争や公害や人殺しなど、おろかな事件がくりかえされています。
 こういう人間世界のいやな面は、たぶん30年後にも、今とあまり変っていないでしょう。」

  
……と作者はまえがきで書かれています。
  
 結局、この作品執筆時から、人間社会も科学も順調に進歩できなかったということでしょうか。
 これでいいのでしょうか?
 今からでも少しづつ改善していかないと、取り返しのつかないことになるかもしれません。
 21世紀の未来に希望を持っていた頃のSFを読み直して、未来について考えていきましょう。
 

2012.07.15(日)

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     月ジェット作戦 (少年少女21世紀のSF 8)
 

 編集後記

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タイム・トラベラ− 筒井康隆「時をかける少女」より

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     北極シティーの反乱 (1981年) (徳間文庫)

 

    [wikipedia:柴野拓美]

    [wikipedia:ジュブナイル]

 

  なお、「月ジェット作戦」の本の画像は、モズブックス様、つちのこ堂様から頂きました。

     http://mozubooks.com/?pid=18389215   http://tuchinokodou.com/a10%20sf.html

   

 

 

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