21世紀を考えよう!
金の星社 少年少女21世紀のSF(5)
ゼロの怪物ヌル
(畑正憲・作/表紙・依光隆/挿画・小林与志)
(1969年1月初版 1980年2月改版)
★(登場人物)★
木谷ケン……中学3年生。生物学と海と推理が大好きな行動派。
その父親……病院を開業するかたわら、動物の生態を研究し、動物の物語や随筆を書いているうちにそれが本業となった。
筆名・木谷芳堂。日本では数少ない動物文学者の一人。
木谷トメ子……ケンの母親。お茶の水女子大学で生物学を勉強した動物愛好家。何冊かの本を出している。
木谷力……ケンの兄。東大で生物学を専攻している。
とも子……中学2年生。ケンのいとこ。
斉藤さん……大島の水産試験場の職員。木谷一家の顔なじみ。
ウラさん(杉浦)……大島の新聞支局の記者。木谷一家の顔なじみ。
★(あらすじ ネタばらし注意!)★
生物学一家である木谷一家は、毎年8月に大島の別荘で過ごしている。
今年も親戚のとも子を伴ってやって来た。
しかし今年はいつもと様子が違う。
海辺からは魚や貝が消え、その代わりに、白いぶよぶよした塊が大量発生していた。
ケンの兄による徹夜の分析により、その塊は生物学的な新発見だと判明。
そうこうしているうちに、島では謎の病気が流行し、島は封鎖された。
その後も食糧が消えたり、銀行から金が盗まれたりと不思議な事件が続く。
さらに、斎藤さんやとも子も病気にかかる。
木谷一家は科学の知識を武器に、この謎の解明に取り掛かる!
★(感想: 少年少女向けサイエンス・フィクションの名作! 親子で読んで語り合いましょう!!)★
(※ネタばらし注意!!)
金の星社・少年少女21世紀のSFを読んできましたが、これで9冊目。
今まで読んできた作品は、『超人間プラスX』を除いて、宇宙を舞台にしていたり、科学が発達した未来社会を舞台にしていたりと、
出版当時でこそ現実味のあるテーマだったのでしょうが、いまとなっては現実味の薄れた世界観の物語でした。
ところが本書は、現実の世界の延長線上の物語で、身近に感じます。
少し日常性を離れた非日常を描いていて、『ウルトラQ』や『怪奇大作戦』などを思わせます。
内容も、生物学や分子生物学の知見が反映されていて、少年少女向けの良質な“サイエンス・フィクション”となっています。
一つ一つの謎を研究し、その解明がつながっていって結論を導き出す過程は、ミステリー小説のようであります。
それは科学研究の過程をなぞったものでもあるのですね。
さて本書では、分子生物学の知識を扱っています。
主人公の兄・力は、東大で分子生物学を専攻しているようです。
いつのまにか、化学や物理学の勉強に力をいれ、ぼくたちが全然わからない生物学をはじめてしまった。
「おやじたちのは、もう死んでしまった生物学さ。おれのはな、生きている命そのもののしくみを解きあかす二十世紀の科学さ。
おやじたちのは、暇人の文学なんだよ。少なくとも科学ではない。」
解説で、著者は書いています。
「現代の生物学は、からだのしくみや、からだができるようすを、くわしく調べるようになってきました。」
「いまでは、複雑な機械を使って、からだの中のことを調べます。」
主人公の兄はそれを体現する新進の科学者です。
一方、主人公のケン少年は、直感や行動力を体現しています。
「考えるというより、ものを見た瞬間に、敏感になにかを感じとり、すぐさま行動に移します。」
著者は、この二つの方法論が協力して事件が解決する物語を執筆したのです。
物語の内容は、執筆当時、すごい勢いで発展していた分子生物学をテーマにした、少年少女向けの良質なサイエンス・フィクションです。
科学の骨格は基本的なもので、今でも通用するものです。
現代の中学生や高校生が読んでも違和感ない、夢中になれる物語だと思います。
さて、本作品では、島で謎の病気が発生し、最初は、チフスだと疑われます。
「なに、チフスだって。時代おくれな病気がはやるもんじゃな。」
木谷芳堂先生の感想です。チフスは時代遅れなんですか?
ちなみに、夏目漱石『こころ』に登場する“先生”のご両親が亡くなった病因は、腸チフスだったそうです。
夏目漱石「こころ」 先生の遺書(五十七) http://t.asahi.com/f8u0
[wikipedia:チフス]
[wikipedia:コレラ]
[wikipedia:赤痢]
[wikipedia:ペスト(黒死病)]
さて、本書で大きなテーマを占めるのは、寄生による病気です。
人間も昔から色々な寄生虫と共生してきたようです。
清潔志向で寄生虫を排除したことが免疫の異常を起こし、花粉症などの原因になる、という説もあります。
あと、腸に寄生虫がいるとダイエットにもなるとかで、わざわざ腸に寄生虫を“飼う”という熱心な研究者もいるようです。
まあこれらは命に別状ない寄生虫ですが、命にかかわる恐ろしい寄生虫もいます。
また、ギニアワームなどは命にかかわりないようですが、体から出る時、激痛を伴うようです。
[wikipedia:サナダムシ] [wikipedia:日本住血吸虫]
karapaia ぞわぞわ・・・地球上に存在するぞっとする寄生虫ベスト7(閲覧注意!) http://karapaia.livedoor.biz/archives/51392201.html
本書での展開は、主要登場人物などに死者は出ず、あまり残酷なシーンもありませんでした。
しかし寄生虫病を扱う以上、大人向けSFでは、もっと凄惨で残酷な展開もあり得たかもしれません。
そこら辺、ジュニア向け作品の安心感でしょうか。
ハードSFバージョンでの展開も見てみたい気もします。
ところで、主人公・ケンの一家は社会的地位が高く、毎年夏には別荘で過ごすという、ハイソな一家であります。
しかも好奇心が強く、前の年にも事件に首を突っ込んで解決したといいます。
島に40年ぶりに起きたという殺人事件を父が法医学、兄が生化学、ぼくが得意の推理学をつかって、たちまち解決してしまったのだから。
そのとき以来、父の碁友だちの野村署長がわが生物一家のファンになってくれたのだ。
すごく面白いシチュエーションです。
“木谷一家最初の事件”に始まる“木谷一家の事件簿”も読んでみたくなります。
あと、少し思った疑問点。
ヌルが人体から出て行くシーンは、ケン少年が最初に発見したことになっていますが、他に先に見つけた人がいてもおかしくはないと思います。
何せ病人をまとめて収容していたのでしょう?
夜中の見回りもあるだろうし。 病院は夜間でも職員が働いているんですから。
あと、料理を作って味見をしないという人はいるのでしょうか?
味見をしないのは不自然だと思うのですが。
まあ料理した時点では、ゲテモノだとか罰則だとかいう意識があって、自分では食べないぞという意識があったとすれば説明がつくのですが。
それはともかく、本作品は、このシリーズでは、『超人間プラスX』と並ぶおススメ作品です。
特に、中学生や高校生が読むと、生物学に対する興味が湧いてくること請け合い。
読後には生物学・分子生物学や細菌学・寄生虫学や医学の歴史など関連する分野に興味を広げてみてはどうでしょうか。
ということで、中学生や高校生の夏休みの課題図書にも推薦しておきます。
畑正憲さんの小説デビュー作として本作品が出版されたのが1969年。
今年・2014年は45年目になります。
畑正憲小説デビュー45周年記念として、TVドラマ化しても面白いのではないでしょうか?
映像化しても面白い作品だと思います。
本書は『海から来たチフス』と改題されて何度もリメイク出版されているようです。
ウィキペディアにも項目があります。
かなり知識がある方が執筆されたのでしょうか?かなり詳しい記述がされています。
ネタバレになっているので、読むつもりの方は原作を読んでから読みましょう。
2014.07.21(月)
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←交換台形式の大島の電話。当時でもレトロを感じさせる記述だったのでは?
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なお、表紙画像は、モズブックス様、まんだらけ様から頂きました。
http://mozubooks.com/?pid=18390132 http://kioku-daiyogen.blogspot.jp/2014/02/215_13.html
ジュニア版SF&ミステリー全集刊行リスト
金の星社
「少女・世界推理名作選集」全30巻/「少年少女21世紀のSF」 全10巻
http://homepage1.nifty.com/maiden/jsm/kinnohos.htm
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