夢と冒険の世界への確かな翼――
SFベストセラーズ(鶴書房)
 

異次元失踪

福島正実・作/中山 正美・絵 

1970年2月10日第1版発行

(あらすじ:事件編)(ネタばらし注意!)

 中学の英語教師・佐久間先生が放課後の校舎を見回っていると、クラブルームから、生徒達の論争の声が聞こえてくる。
 覗いてみると、その日の朝、新聞に載っていた、高速道路での自動車消失事件について、4人の生徒が論争していたのであった。

 種茂藤夫は四次元消失事件としてありうることだと主張し、今井直二と一色潜一は科学的にありえない話で、作り話か見間違いだと主張。
 なおも食い下がる種茂。その時、今まで発言しなかった降矢信高が、この夏の夜、海岸で一人の少女が消えるのを見たことがある、と告白する。
 デービッド・ラング消失事件とそっくりだ、と衝撃を受ける種茂。
 なおも信じない今井や佐久間先生に、ウソではない、と激高する降矢。

「最近、消失事件が増えてきている、今に次々に人が消失していって大変なことになるかもしれない」

と言って出て行く。

 この事件があって一週間目、種茂が学校を休む。
 3日後、種茂の母親から、種茂がこの3日間家に帰っていない、と連絡がある。
 驚いて警察に届け出ることを指示する佐久間先生。

 その日の夜、種茂のガールフレンド・和田恵子に、種茂から電話がかかってくる。

「ここはどこだ……なにも見えない……ぼくはどこにいるんだ……」

「ああ!だれか、だれか助けてくれ!」


 次の日、佐久間先生の大学時代の友人・八巻三郎が学校まで佐久間先生を訪ねてくる。
 八巻は、SF作家として売り出し中で、奇現象やUFOなどを扱うテレビ番組にもよく出ている。
 彼は、四次元への人間消失現象が最近増えてきており、その件について取材していると告げた。

 しかも彼は種茂の蒸発事件について知っており、佐久間先生に取材協力を頼む。
 教え子を見世物にされることに嫌悪を覚えた佐久間先生は怒り出す。
 八巻は、この種の現象が最近驚くほど増えており、これは想像もつかない恐ろしいことの前触れではないか、と言い残して去っていく。

 その日、 佐久間先生が家に帰ると、奥さんが血相を変えて飛び出してくる。
 午後3時ごろ、変な電話がかかってきたという。
 かすかな、しわがれた、聞きにくい声で

「先生もあぶない……気をつけないと、事故が……」

と言ったという。

 その夜、佐久間先生は、降矢信高が交通事故にあう夢を見る。
 次の日、降矢は学校を欠席する。
 英語の授業中、当てられた和田恵子が訳読中、謎の言葉を発して倒れる。

「か、かれ……は……いった。わたしは……ひとりで……病院にいる。自動車に……はねられて……」

 騒然とした教室に、降矢が昨夜自動車と接触事故を起こし、入院しているとの知らせが告げられる。

 見舞いに行った佐久間先生は、降矢から、自動車に当たる寸前、先生の「あぶない」と言う声を聞いたと聞かされる。
 佐久間先生は、何か恐ろしい大異変が身辺に起ころうとしているのではと不安になる。
 四次元世界とこの世界とがショートして人を蒸発させるといった異変が……。

 佐久間先生、喫茶店に入る。
 テレビでは、アジアのどこかの国の都市で起こった大地震のニュースをやっている。
 その時、大きな地震が起こる。

 地震がおさまってから和田恵子に電話すると、恵子は、あの地震は次元振動の結果、起こったと力説する。
 今までは小さな割れ目が入っていただけだが、これからはもっと大きな裂け目になって、もっと多くの人がその中に落ち込むのだと言う。

 次の日の日曜日の夜、佐久間先生は、テレビ局の関係者から、八巻の居所について尋ねられる。
 八巻は月曜夜のテレビ番組の取材旅行に行ったまま行方不明になったのである。
 取材の目的も行き場所も、番組の内容についても秘密にしていたそうである。

 次の日の夜、佐久間先生はテレビ局に見学に行く。
 放映が始まっても八巻は現れず、とうとう八巻のコーナーは差し替えて放送されることになる。
 見学中、佐久間先生は電話に呼び出される。
 降矢信高であった。
 降矢は、種茂や八巻の消失について今夜中に話さないといけないことがある、すぐ来てくれ、急がないと大変なことになる、と言う。
 佐久間先生、急いで待ち合わせ場所に向かう。

 降矢は喫茶店で待っていた。
 彼は今回の事件について話し始める。

 八巻が、種茂から異次元の電話を受けて探しに行き、すべりやすい穴に落ち込むように自分も次元の溝に落ちてしまった。
 しかるに和田恵子も八巻のようになるといけないので、和田に、今後当分はどんな電話にも出るなと言って下さい。

……と主張する降矢に押し切られ、のろのろとその通りにする佐久間先生。
 コーヒーを飲んで今までの張り詰めた神経がほぐされ、リラックスする。
 降矢の案内で、次元振動の起こる証拠を見に行く。
 道はキラキラと光る白い川のようになり、霧の渦巻く天につながっていた。
 四次元への通路を通り、時間を超えるゲートにたどり着くと、助けを呼ぶ種茂の声が聞こえる。
 一匹の巨大な蝶がひらひらと舞って来る。
 佐久間先生、巨大な蝶と一緒に種茂を助けに行こうとするが、雪だるまのような人形にとびかかられ、頭を打ち、気絶してしまう……。

 

 さて、この事件の真相と結末は!?

 SFジュブナイルファンの皆様、ここでしばし予想してみて下さい。

     (以下、ネタばらしあります!注意!)
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あらすじ:解決編)(ネタばらし注意!)

 病院のベッドの上で佐久間先生は意識を取り戻した。

 今井直二、一色潜一、和田恵子、そして種茂藤夫もいる。

……犯人は、降矢信高だった。

 昨夜、佐久間先生は、降矢にLSD入りのコーヒーを飲まされ、催眠術をかけられて和田恵子と一緒にプールの飛び込み台から空のプールに飛び込む所を、後をつけていた今井と一色に助けられていたのである。
 先生の電話を合図に和田をプールに来るように後催眠をかけたのも降矢だった。

 降矢は、消失ミステリーをでっちあげて奇現象を馬鹿にする連中をへこましてやろう、と考えたのである。
 種茂を仲間に引き入れ、佐久間先生の知り合いの八巻三郎も巻き込み、催眠術クラブで習得した催眠術や、催眠術クラブ経由で入会した秘密クラブから入手したLSDを駆使し、周囲を手玉にとっていたのである。
 しかし、自動車事故の芝居にしくじり、思いのほか重傷を負って入院している間に種茂の催眠が解け、種茂が八巻に真相を話してしまう。
 二人に責められた降矢は二人をLSDで眠らせ、佐久間先生も八巻から真相を話されたはずだと思い込み、殺そうとしたのである……。

 そして、降矢は気が狂い、精神病院に収容された。

 

 

 

 

 

(SFの約束を破った問題作!あまりの結末に呆然……)

 当HPで取り上げるSFベストセラーズのトップは、「異次元失踪」です。
 なぜか、無性にこの本を読み返したかったのです。
 この本を初めて読んだときの衝撃!
日本子ども遊撃隊」を読んだ時と同じように、驚かされました。

 ミステリー小説のような意外な結末!
 それにしても、SF少年・降矢信高の末路、かわいそうすぎます。
 SF小説でこんな結末に終わるとは。
 こんな作品を描いて、作者はSFや怪奇現象のファンに偏見があるのか、と思いきやそうではない。
 作者の福島正実さんは、日本SFの普及と発展に尽くされた日本SF界の大功労者です。

 あとがきで福島さんは、この作品の執筆当時、

 科学の進歩や理性に対する希望が失われていき、
 そのため、科学に否定されてきた神秘的思想に関心を持つ人が増えてきていた

と述べております。

 今までの科学の見方や、理性的なものの考え方を捨て、
 神秘思想に走るのは科学万能主義と同じように間違いだ、
 これは何とかしなければならない

……と思って、超能力や超自然主義を否定する小説を描かれたそうです。
 私もすっかり騙されてしまいました。

 

 物語は、のっけから“ビートたけしのTVタックル・嵐の超常現象バトル”を思わせる超常現象肯定派軍団と否定派軍団の大論戦。
 これは、肯定派が旗色が悪い。
 種茂藤夫は、優等生だが、夢見がちで地に足がついていないタイプで、逃避願望がある不安定な人格。
 神経質に早口で超常現象について語るが、今井や一色に全然ダメージを与えることができません。

 降矢信高の存在もまた、ミステリーだ。
「暗いかげのある顔をうつむけて、じっと床を見つめて」論戦を聞いている。
 勉強はできるが、ややひとりよがりで協調性に欠けるところがある、と、佐久間先生も思っている。
 片寄った勉強法をするので、オールラウンドな種茂に一歩及ばぬ所があり、種茂に一泡吹かせよう、と思っているふしがある、とも佐久間先生は感じている。

 これはあまりにも意地悪な見方だ。
 教師にまでこんなこと思われている降矢はやはり不幸な存在だ。

 これに対する超常現象否定派軍団は超強力タッグだ。
 今井直二は科学的・合理的思考の権化ともいえる怪物で、種茂の攻撃も超常現象もバッタバッタと切り捨てていく。
 それを横から道化役の一色潜一が茶化す、という、種茂にしたらこれほど屈辱的な敗北はない。
 今井の鋭さは佐久間先生も舌を巻くほどで、今回の事件も初めから真相に目星をつけており、探偵役として大活躍します。
 降矢と同じ催眠術クラブで催眠術を学んだこともあるらしく、降矢にとって彼を敵に回したことが大誤算でした。

 それにしても、超常現象肯定派の描かれ方はひどい。
 さんざんですね。
 ホームグラウンドであるSFジュブナイルでここまでひどく描かれるとは思いませんでした。

 いや、必ずしもSFファン=超常現象肯定派、というわけではありませんね。
 私はSFファンでもあり、超常現象肯定派であります。
 だからSFファン=超常現象肯定派なのかと思ってしまうのですが、 超常現象否定派のSFファンの方もおられるかもしれません。
 実際のところ、SFが好きということと超常現象を肯定することには相関性はあるのでしょうか?
 調査してみたいですね。

 しかし、TVタックルを見ても分かるように、超常現象肯定派には少なからず常識外れのちょっとおかしな傾向があるのかもしれませんね。
 多かれ少なかれ、一般的な常識人から見て、超常現象肯定派の人って、変な人というイメージがあるのでしょう。
 私も気をつけなければ。
 私はもちろん超常現象肯定派ですが、種茂や降矢やTVタックルに出てくる人のように、否定派を説得しようとも、議論しようとも思いません。
 あるかないかは結論がつかない問題だし、どっちにしてもいい問題だからです。
 ひいきのプロ野球球団が違う、といった程度の個人的な問題だと思っております。

 冒頭で彼らがテーマにしたのは異次元消失現象。

 私が子どもの頃は、四次元世界への消失というのはよく言われていることで、学年別雑誌なんかでもよく特集されていたし、四次元世界を扱った児童書なんかもよく出ていたものです。
 しかし、現在では、あまり話題になってませんね。
 いわば、忘れられたかのような話題。
 TVタックル・嵐の超常現象バトルでもテーマになったことはない。
 しかし、なかなか夢のある面白いテーマです。

 つい最近、「奇跡体験アンビリバボー」で、杉沢村の正体は異次元から現れた隠れ里ではないか、という伝奇作家(菊池秀行さんだったか)の仮説が紹介されていて、これはすごい仮説だ、と興奮したものです。

 

 ☆SF KidなWeblog
   杉沢村伝説  
http://sfkid.seesaa.net/article/92438289.html  



 それにしても、この『異次元失踪』はSFシリーズの一冊に入っているのだから、SF現象が起こるものだとばかり思っておりました。
 たとえ論争で負けていても、SF現象が実現し、超常現象肯定派が正しかった、と証明されるのだと。
 それが、実は超常現象肯定派の仕組んだ犯罪であって、そのうちの一人が狂ってしまう、という最悪の結果となりました。

 考えてみれば、滅亡予言がテーマの場合、超常現象肯定派が正しいということは、実際に滅亡して初めて証明されます。
 滅亡が実現しない限り、超常現象肯定派は間違っているということです。
 死ぬか、間違っているかの二つに一つ。
 これは、超常現象肯定派に与えられた試練。
 滅亡なんか信じずに明るく楽しく生きていくのが楽な生き方だとは分かってはいるのですが……。

 この物語に戻りますと、トリックといえば、黒幕の少年の催眠術とLSDだけ、という、たわいのないものです。
 (そもそも、四次元世界から電話がかかってくる、というのはよく考えると無理があるのではないでしょうか。)
 今井直二なんかは、初めから事件の見当をつけています。
 それでも、テレビ局の人間が絡んできたり、偶然に大地震が起きるなど、事件らしくなっていきます。
 語り手の佐久間先生も、異次元消失ではなく、種茂の家出や、誘拐事件ではないかと、色々考えながらも、異次元消失説に傾いていきます。
 ここら辺、作者の描き方のうまさであります。実際に読まれる方は、その辺を楽しみながら読んで下さい。

 あと、残された謎として、佐久間先生が降矢の交通事故の夢を見ることの解明がなされていません。
 どうせこれも後催眠でしょうが、一体、いつかけたのでしょうか。

 それにしても、そんなに簡単に人は催眠術にかかるもんなんでしょうか。

 私は性格改善のために色々な催眠術をかけてもらったのですが、高い費用の割りにどれもこれも全然効かなかったのですが……。
 一度本当に催眠術にかかってみたいわい。
 お金を払って催眠術をかけてもらいに行ってもかからないのです。
 ましてや、知らない間に催眠術がかかって、意識しないで行動するなんて、あり得るのでしょうか?
 あまりにも催眠術の威力を過大に扱うのも、ある意味で問題かとも思いますが。
 これだけの催眠術の実力があるのなら、プロのヒプノセラピストとして十分やっていけるで。
(今回の話ではLSDを使ったので効果が強力になったということでしょうか。)


 担任の教師やクラスメートまで殺そうとした降矢信高。
 最後に狂ってしまう。

 悲しすぎます。
 これではSFに出てくる悪役や推理小説に出てくる犯人と同じではないですか。
 ジュニア向けSF小説の中で、怪奇現象を否定する否定派と対立する肯定派として登場した割には、悲惨な描かれ方です。
 この変則的なストーリーと悲惨な結末がゆえに、この物語は私の印象に強く残っていたのです。



 私は子どもの頃、よく小説まがいのものを描いていました。
 中学生の時、学校に透明人間が現れ、少年二人が襲われ、少年の友人達が夜の小学校に集まって透明人間と戦うが、実際は少年二人の狂言だった、という小説を描きました。
 それはこの「異次元失踪」の影響です。

2001.10.14(日)

 

 

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http://www006.upp.so-net.ne.jp/yoshi-s/sfsyousetu4.html

  ジュヴナイル史上最大の問題作である。
  SFと名乗りながらSF的趣向を完全否定してしまう衝撃の結末は誰もを唖然とさせるだろう。(冒頭より)

   ↑書評とはこう書くのか、とお手本としたい書評が満載です。
    こちらの書評と比べると、私の文章など、自分中心の視点を抜けていない。
    私のは書評というのではなく、「感想文」「エッセイ」といったところでしょうか。

 

 [wikipedia:福島正実]

  [wikipedia:福島正実記念SF童話賞]

   [wikipedia:覆面座談会事件]

 

  [wikipedia:少年ドラマシリーズ]   

   [wikipedia:ジュブナイル]

 

 
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